法曹・官憲・役人こそ、社会閉塞の黒幕
98137 年金制度の起源と歴史、その2
 
吉国幹雄 ( 53 講師 ) 05/09/29 PM06 【印刷用へ

●日本の旧年金(恩給制度から)
日本の国民全体を対象とした公的年金は元来なく、明治初期に生まれた旧年金は官吏(初めは軍人、のちに判任官相当以上の公務員と軍人)を対象とした恩給制度である。富国強兵政策を戦争圧力のもとで打ち出し、徴兵令で集められたバラバラの軍人を統合すべく、旧封建制の「ご恩と奉公」の名残としての新国家に奉公した者に恩給を払う制度である。
やがて官吏対象の恩給制度から外れていた現業官庁の雇傭人に対しては、戦前に勅令によって共済組合方式による年金制度が生まれて対象者が拡大されていく。そして戦後「国家公務員共済組合法(旧法)が制定される。
・昭和31年7月 公共企業体職員など共済組合制度発足
・昭和34年  国家公務員の共済組合制度発足 1月 五現業の職員と非現業の雇傭人 10月 非現業のその他の職員
・昭和37年12月  地方公務員の共済組合制度発足 

ちなみに共済年金(97737、篠田さん)の問題もさることながら、国会議員互助年金の問題も大きい。
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日本の年金制度は、元来は国家統合(富国強兵)政策のための封建的ご恩と奉公の意味合いが強かったが、年金対象者は統合階級=序列上位から拡大されている。特権階級の拡大と年金獲得者の拡大とはほぼイコールである。

   
●日本の新年金(厚生年金から国民年金へ)
・1920年代初め 健康保険制度の導入
・1930年代 国民健康保険
・1940年代 労働者厚生保険 救貧制度の導入 
第一次大戦以降労働運動が激しくなり、それを弾圧しながら一方では懐柔。公的年金の対象を、軍人・官吏から公務員→労働者→大衆(→女性)に拡大していく過程。

むろんその背景に戦争圧力が働いており、財政負担の軽減 戦費の調達が税・保険料の徴収体制の整備に繋がっただろうし、公的年金は女性の賛同を得て社会共認形成を強めることに繋がっただろう。

・昭和17年 労働者年金として発足
・昭和19年 男子事務職と女子が被保険者となる
戦後の東西対決、社会保障運動を受けて   
・昭和23年 寡婦年金 後に遺族年金 の創設
・昭和29年 厚生年金保険法の全面改正(現実に老齢給付の開始)
      「定額部分+報酬比例部分」という給付設計の採用
       修正積立方式の採用
・昭和34年 国民年金創設
・昭和36年 国民年金制度の施行(「国民皆年金」体制のスタート)

>(当初の)国民年金においては、保険料の拠出を年金支給の条件とした「保険主義」の考え方だけでなく、社会保障の考え方も大幅に取り入れられた。保険料を拠出した人々に対する障害年金と、20歳前に初診日のある人や、制度の発足した昭和36年4月1日前に初珍日のある人などを対象とした「障害福祉年金」の2本建ての仕組みとなる。 
「障害福祉年金」においては、保険料が納付されていない 財源は全額国庫負担。
そのため無拠出という理由で所得制限があり、年金額も低額である、障害者の権利保障の点では問題も含んでいた。<  

・昭和40年 給付水準の改善、「1万円年金」の実現、厚生年金基金制度の創設
・昭和41年 国民年金においても夫婦「1万円年金」の実現)
・昭和44年 「2万円年金」の実現(標準的な厚生年金額2万円、国民年金も夫婦2万円)
・昭和48年 物価スライド制、賃金再評価の導入(「5万円年金」の実現)

以後、年金はすでに投稿にあるように「個人の自由」を保障すべく支給額と適用を拡大しつつ赤字を蓄積していくことになる。
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>「大家族制が崩壊して、家族による私的扶養ができなくなったので、公的扶養である年金制度が必要とされた」というのが、年金制度の起源に関する一般的な説明のようですが、これは言い換えると、「共同体による相互扶助が崩壊して、老後に頼れるものがなくなったので、社会保障という金銭的制度で代替するしかなくなった」ということです。しかし、相互扶助という人間同士の期待・応望の関係は、お金で代替できるものなのでしょうか?実際、今の高齢者の多くは、若者よりはよっぽどお金は持っていますし、歳をとってもピンピンしている人はたくさんいます。必ずしも「高齢者=扶養すべき弱者」というわけでもありません。従って、お金を払うことが世代間の「助け合い」と言われても期待・応望の関係を実感できないし、何か欺瞞性を感じるというのも、ある意味当然のような気がします。<(64922、雪竹さん)

以上歴史を振り返ると、共同体特有の期待応望による「助け合う」という共認関係は存続していたとは思いますが、残念ながら年金制度には「私的扶養」も「公的扶養」の意味合いもほとんど感じられません。年金制度が共同体の名残である農業生産体からでもなく生産企業発でもありません。むしろ、企業年金は遅れて発足しています。

年金制度の歴史を見ると、序列の上から下への私権拡大の意味合いしか語っていないように思います。むしろ、年金制度は共同体成員の心(本源共認)を心底から崩壊させていった原因なのではないでしょうか。そして、雪竹さんの言われるように根本のところでは、私権社会崩壊ゆえの年金制度破綻、なのでしょう。
 
 
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