日本人の起源(縄文・弥生・大和)
35998 稲作伝播に見る受け入れ体質 1
 
岡本誠 ( 49 経営管理 ) 02/07/13 AM01 【印刷用へ
 弥生への移行は、新しい社会関係への移行であると同時に、新しい生産様式(水田稲作)への転換でもある。渡来人がもたらした水田稲作の伝播をたどっていきたい。(参考:「日本人はるかな旅5 そして“日本人”が生まれた」)

 日本最古の水田稲作は、2600年前の佐賀県唐津市の菜畑遺跡だが、縄文人が直接朝鮮半島から持ち帰った単発的なものと考えられている。日本全土に広がるのは、2400年前渡来人(主に春秋戦国の戦乱を逃れた江南人)によって北部九州にもたらされたのを契機にしている。北部九州沿岸部では、それまでまばらでしかなかった遺跡の数が急増し、たちまち過密状態になって、河川の上流域や内陸の丘陵部をも切り開いて進出して行く。後続して流れ着く渡来人や稲作に支えられた人口増殖力の高さから、福岡周辺の平野を埋め尽くし(一部の集団は鹿児島まで到達する)、2300年前には東へと移住を開始する。この頃から戦争で殺された主に渡来系の人骨が、北部九州全域で多数見られるようになる。

 九州内部では、2400年前の福岡市板付遺跡(巨大な環濠をもつ集落)で、渡来系の土器と縄文系の土器が融合した新しい土器の祖型が完成し(弥生土器の誕生)、渡来系文化の広がりを判断する非常に重要な指標となるが、福岡周辺の平野部では縄文系の人骨はほとんど見つかっていない。見つかるのは遠く離れた佐賀県・長崎県の海岸部や五島列島などの離島で、縄文人vs渡来人の地域圏を異にする対峙関係が生れている。元々平野部には縄文人はほとんど住んでいなかったか、あるいは渡来系の人々の増加ぶりをみて去って行ったのかもしれない。

 2300年前より渡来人は東進を開始し、ほとんど時間差なく中国・近畿、そして名古屋周辺の濃尾平野まで達する。各地の水田適地に核となる弥生ムラを築き、時には縄文系の人々を蹴散らしながら周囲に広がる、さらにここを拠点に広域展開を図るというように飛び地状に拡大していく。在地の縄文ムラとの関係(=縄文系集団の受容姿勢)も一様でなく、弥生ムラと棲み分けたり、近接して相互にやり取りする共生関係を結んだり、融合して新文化を受容したり、逆に対立関係になったりと各地(各集団)で違いがあるようだ。縄文人は新文化に対する警戒(対立)と期待(融合)が入り混じる葛藤を経ながら、次第に弥生文化を構築していった。

 渡来人の急速な拡大は濃尾平野でストップする。濃尾平野の東(東日本)は縄文人のおよそ85%が住んでいたとされる縄文系の「牙城」であり、渡来人は容易に入り込むことができなかった。両者のにらみ合いは200年余りも続いた。
 対立の一方でそれを打ち破る新たな動きも始まっていた。東日本の縄文人(主に東北と北陸の集団)は、新たな西方の情勢(渡来人の持ち込んだ稲作技術や戦争、そして渡来人自身と彼らの思想)に並々ならぬ関心をもち、板付集落が成立する頃には既に西日本に視察隊を派遣していた。その後も中部・関東の縄文系集団が、近畿を中心に頻繁に交流していたことも分かっている。
 
 
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