国家の支配構造と私権原理
270668 平和日本の天皇に絶対君主はなじまず、大政官の中の政治機関としての位置づけ
 
今井勝行 ( 中年層 東京 会社員 ) 12/11/19 AM02 【印刷用へ
天孫降臨の夢 藤原不比等のプロジェクト 著者:大山誠一  NHK出版
第U部 天孫降臨の夢

【記事要約引用】
第1章 (天皇制)成立への道
 一、皇帝になれなかった大王 1

●中国皇帝を模倣できるか
 『日本書紀』編纂の最終段階で、「蘇我馬子」という現実は「聖徳太子と推古女帝」という虚構に書き直された。そこに、藤原不比等という現実があった。しかし、それだけではない。より根本的な問題があることを述べておきたい。
 というのは、元来、天皇という地位は、大化改新後、中国の中央集権国家を模倣する過程で、中国の皇帝に相当するものとして措定されたものである。中央集権国家を形成する場合、国家の枠組みとしての官僚制は、古くからの氏族制秩序をたくみに編成し直しながら構想されたと思われるが、国家意思の決定システムの頂点にあるべき王権のあり方をどう規定すべきかについては、現実の政治秩序の反映であると同時にすぐれた思想的な問題でもあるため、当時の支配層にとって困難な問題であったに違いない。しかし、意思決定のシステムが明確でなければ、国家そのものが機能しない。だから、どのように天皇という存在を規定するかは大きな問題であった。
 中国の場合を考えてみるに、歴代王朝は、天命を受け、天子として天下万民を支配すると称しているが、もちろんタテマエで、実際には、どの王朝も前王朝を武力で倒した征服王朝であり、直属の軍事力と独自の財力を保持し、国家に対して支配者として君臨している。国家意思決定に際して
も、皇帝は唯一絶対の専制君主であり、官僚制は、その皇帝の意思を執行するための機関である。それがタテマエというか大原則である。
 これに対し、日本の場合は、まず征服王朝ではない。何世紀も前に大和盆地に成立した大王の権力が、諸豪族の折り合いの中で継承されてきたものである。一般に氏族の連合体と言われているように、合議を前提としていた。天皇は大王の延長上にあったから、その権力は明確なものではなか
った。権力の基盤となるような独自の軍事力も財力も存在しなかった。そもそも、異民族の支配を知らない島国であったから、都に城壁もなければ、常備軍の必要性もなかったのである。
 だから、教科書を信用し、大化改新後の改革によって日本は中国的な中央集権国家になり、天皇も中国の皇帝のような専制君主になったなどと勘違いしてはいけない。もともと、中国のような唯一絶対の専制権力が成立する基盤がなかったのである。その点をはっきりさせておかないと、日本
の歴史は理解出来ない。
 確かに、中国法を受容したのだから、形式論理の上では、天皇も至高の存在とされている。たとえば、儀式の場や平安時代の物語文学の上では、表面上、中国皇帝を意識して描かれている。しかし、儀式は所詮お芝居である。現実の政治権力とは区別しなければならない。社会的基盤がなけれ
ば、お芝居でどんな衣装を身につけようが、物語でどのように描かれようが、現実の権力とは無縁である。お芝居として演じ、楽しむだけである。
 また、中国の官僚制と日本の伝統的な氏族制秩序を折衷して、天皇と貴族・官人との君臣関係が成立したとし、それを国家秩序の基本とする研究者も多い。しかし、本当に天皇が君主として国家意思を決したことがあっただろうか。天皇が明確な政治理念をもって、有力貴族の反対を押さえつつ、その政策を貫徹したようなことがあっただろうか。今日までの古代史研究は、要するに表面的な形式論理に終始しているものばかりではないのか。

●天皇の権力とは
 日本の古代国家において、天皇はいかなる存在だったのか。また、国家の最高の意思決定はどのようになされたのか。
 それを考える際に手がかりとなるのが「太政」の語である。「太政」は、国家あるいは皇帝の政治そのものを意味する語である。ところが日本では、大化改新当初の官制は明らかではないが、注目すべきは、六七一年正月に、大友皇子が太政大臣とされ、その下に左右大臣と御史大夫が設けられたことである。この場合の御史大夫は、のちの大納言のことであり、ここに太政大臣を長官とする太政官が成立した。
 その太政官であるが、「太政」の語の本来の意味からも国政の最高機関であった。それが、大友皇子が長官とはいえ、天皇権力の外側に、諸豪族との合議の場として成立したのである。天智はこの年の十二月に亡くなるから、大友皇子に後事を託したとも考えられるが、その後も太政官が存
続することを考えると、唯一絶対の専制君主である中国皇帝という存在に違和感を感じた日本の支配層が、あえて、天皇を国政の場から外したと考えられる。もちろん、国家の最高意思は、形式上は天皇の発する詔勅によるが、機構上、国政審議の場に天皇がいないという事実は重いと言わねばならない。
 しかも、飛鳥浄御原令では必ずしも明確ではないが、大宝令の段階になると、天皇の公務と後宮を管轄する中務省、皇室の生活一般を管轄する宮内省が、ともに太政官の被管とされている。ここにおいて、天皇機関説ではないが、天皇は、広い意味で、太政官を中心とする国政の中の一つの機
関となった。
 これにより、日本の天皇は名目だけの存在になったわけではない。天皇は、法を越えた存在であり、その意味で至高の権力であると言える。ただ、通常の国政の場にいないのであるから、その権力の行使は、限定された形をとらざるを得ない。具体的に言うと、天皇権力がもっとも有効に行使されるのは人事の場である。太政官が国政の最高機関であると言っても、そのメンバーは勅任であり、天皇の認可を待たねばならない。だから、天皇は、この人事権を通じて、間接的に太政官をコントロールしていると見ることもできる。そうなると、問題は、天皇の人事権行使の基準ということになる。やはり優先されるのは、天皇自身の擁立にかかわった勢力との姻戚関係であろう。とすると、迂遠な議論は不要で、天皇の人事権を左右するのは、天皇を擁立し、娘を後宮に入れた人物ということになる。
 『日本書紀』編纂の時代に、そのような人物は、実は一人しかいなかった。軽(かる)(文武)と首(おびと)(聖武)に宮子と光明子を嫁がせた藤原不比等である。では、その不比等が、逆に天皇に期待したものは何だったのか。それこそ、自身の権力の源泉となり得る天皇の権威であったに違いない。天皇に安定した権威が備わっていれば、その権力を代行する不比等自身の権力も安泰である。
 では、天皇の安定した権威とは、どのようなものか。それを具体的に記し、模範的天皇像として、これから即位する皇太子にも、即位した天皇にも示しておきたい。それが、豊かな学識とすぐれた人格だったのである。そのために作られたのが(聖徳太子)像だったのである。さらに、『日本書紀』編纂時の女帝という現実を考慮して、当時の大王を推古という女帝にしたのであろう。ここに、女帝と皇太子という組み合わせが成立したのである。
 以上、中国の皇帝と異なる日本の天皇について述べ、その天皇を利用する形で藤原不比等の権力が確立し、その不比等が、あり得るべき天皇像を『日本書紀』の中に示したのが(聖徳太子)である。
 【つづく】
 
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