日本人の起源(縄文・弥生・大和)
257118 縄文時代の様相1〜自然外圧と縄文人の自然観・宗教観〜
 
月読尊 11/09/26 PM06 【印刷用へ
[近畿地方の古墳巡り!]より『縄文人の謎・ロマン 縄文人の自然観・宗教観とは!(リンク)』より紹介します。縄文人が自然災害や天災をどう見ていたか?が書かれています。
自然災害の四季の変化も同じように捉えており、概念区分のない彼らにとっては、同じように畏怖するものであり、敬意を表するものであるという自然への見方である。
確かに、因果関係の不明な災いのもとの分からない自然現象に対して、注視すれば、これらの自然現象に関して、多くを学び、生かしてくれるとき、過酷な試練を与えてくれるときの双方がよろずの精霊によりもたらすと考えれば、受入体質を形成する一要因となっただろうと思う。
-----------------------------転載
縄文土器・土偶など縄文芸術の背後には、自然界の強大な力があり、それを動かしている、神の力に対する敬意が込められている。
縄文土器・土偶は、縄文人の精神そのものを形にしたのではないか????
それは目には見えない魂からくるものを形にしたようなもので、現代の美というものをはるかに超えたものであり、恐ろしいものにも見える。
例えば土偶には、目のないような稚拙と思われるものから、超前衛的なものまで、写実的に作ろうとは意識していない。
目に見えないもの・霊というものを感じて造ったのではないか?
現代人には、そういう霊というものの存在・神という存在の感じ方が普遍化しているが、縄文人を語る場合、霊とか神というものを抜きにしては語れない。
土偶の役割については、成熟した女性をモデルにして新しい生命を誕生させる力をもつ精霊、或いは豊穣・子孫繁栄・安産などを願って、土偶を作ったのではないかと推測されている。
森羅万象すべてに神を見た縄文人は、台風は風の神、雨は天の神、洪水は水の神、津波は海の神、噴火は山・火の神、山火事は森の神などを、恐れおののき敬虔にその怒りを治めるため、ひれ伏したと考えられる。
過酷な天災という自然外圧は、突然現われる神の訪れであったと見られ、又四季の変化は、人々に食料の恩恵を与える一方で、周期的に移り変わる自然環境として、日常的に適応すべき、不可避の外圧であったと見られる。
と云うように、日本人の縄文気質の根源には、「過酷な天災」という非日常的な大きな自然外圧と、「四季の変化」という日常的な自然外圧とが常に並行作用していた。
それら自然外圧を「活力源」として、ムラを挙げて適応してきた半面、それらに恐れおののき、自然に平伏す敬虔な祈り・祀りを忘れなかった。
縄文人の自然への畏怖・敬意を表現する姿勢は、人間の持つ根源的な存在意義を示しているだけに、縄文人を理解することは、様々な問題への対処療法の手がかりとなり、且つ現代社会のあり方を示唆していると云える。

私たち現代人は、このような原始的縄文人を精神的にレベルの低い“野蛮人”のように感じている節があるが、目に見えるものしか信じられなくなってしまった現代人の方が、時代に遅れていると云えないか????
写真(サイト参照)は、青森市の三内丸山遺跡から出土した、列柱から想像される巨大建造物再現。
例えば上の写真の通り、三内丸山遺跡から、巨大な6本の列柱が出土したが、聖なる建造物として、祀りや交易の建物・広場として使われていたと見られている。
この建造物と広場が、縄文人の宗教場面の中心地であったかもしれないし、称して“縄文教”と名付ける縄文マニアもいる。
フランスの文化人類学者は、「宗教とは自然法則の人間化である」と主張する。
後述するが、縄文土器・土偶・勾玉は、神を求めようとする縄文精神が表現させたものと見られ、“縄文教”こそ、自然法則の人間化を目指した宗教と云える!
-----------------------------終了
 
 
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