日本人と縄文体質
193190 日本古代の体制変化(江南人⇒新羅⇒百済)
 
田野健 HP ( 48 設計業 ) 08/11/25 PM00 【印刷用へ
日本の古代史の支配層の流れを非常に短的にまとめてあるブログを見つけましたので紹介しておきます。この方は中国や国内(出雲)の旅行家で、記事には古代の史実をご自身の足跡で確認されているという力を感じます。リンク

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1.目的と考え方
日本の古代史を書くにあたっては、権力を勝ち取った体制側の主張である「記紀」への依存を従来より少なくし、権力を失った反体制側の主張をより多く採り入れる必要があると思う。具体的には、大国主、次いで、スサノオ・物部氏などの主張の採用である。(中略)

2.結果  日本古代史の仮説
イ.日本列島に昔のある時期から、オオクニヌシで代表される先住民(縄文人、国津神、出雲神族)が出雲に王朝を建てていた。(6千年前中国南部から渡来、〜2世紀)。

ロ.そこへ、朝鮮半島の新羅・加羅から押し出されたスサノオが渡来し(天津神、弥生人、倭人)、オオクニヌシを征服した(2世紀後半頃、出雲。出雲神。出雲政権)。そして吉備を経て、物部政権を建てた(3世紀初頃、奈良の纒向)。あえて言えば、物部政権は、1代神武から16代仁徳までに相当する。

ハ.その後そこへ、アマテラスが朝鮮半島の百済から押し出され渡来し(これも天津神、中国東北部の高句麗色が強い)、スサノオを始祖とする物部政権に代わり、いわゆる大和政権(現天皇家につながる。藤原政権ともいえる。)を建てた。(5〜6世紀頃、奈良大和)。あえて言えば、現天皇家は17代履中〜29代欽明辺りから始まる。

■まとめると、先住民・縄文人・オオクニヌシ族が、新羅加羅からの渡来人・弥生人・スサノオ族に「国譲り」し、スサノオ族による纒向の物部政権が成立した。数世紀後、百済からの渡来人・アマテラス族が物部政権に入れ替わり大和政権を建てた。なお、スサノオとアマテラスとも、いいかえれば新羅・加羅と百済とも、その元は中国東北部から出た高句麗にある。その高句麗は、「高」が中国南部の稲作民族から、「句麗」が東北部の騎馬民族から、混じり合って成り立っているとみるべきである(東北部の句麗の比重が高い)。

3.この結果に到った説明と考え方
(中略)
・日本各地には、古代朝鮮国の国名をもった神社が存在している。新羅(加羅)神社、百済神社、高麗神社である。これらの神社の存在ははるか古代の朝鮮半島から渡来してきた人々が自分たちの国邑をそこに作っていたことを示している。この三国の中で新羅の神を祀る神社は群を抜いて多くかつ古いものが多い。これは新羅国が古代日本の創世期に主役を演じていたことをうかがわせる。新羅国を経由して渡来したスサノオが古代日本の形成の主役であったことを示している。百済系神社が少なくかつ比較的新しいことは、アマテラスは日本の創世期には関与が少なく、日本神話を作るときに作り出され、付け足されたものと見える。

九州南部にも新羅神社は多い。新羅(加羅)渡来の人々が居住していた。この新羅(加羅)の人の畿内大和への移住があったかもしれない。神武東征神話は南部九州の新羅(加羅)の人の畿内への移動を借用したのかも知れない。今後つめるべき課題である。
・古代日本の創世の神は新羅からのスサノオであることは「記紀」からも読み取れる。記紀に初出のスサノオは新羅のソシモリから渡来した。
記紀の中での渡来神ではスサノオが最も古い。もちろん、ニニギの降臨よりも古い。記紀の中の神はスサノオに集約される。

日本の正史「記紀」も、古代日本の創世神はスサノオでありアマテラスではないことを認めていることになる。

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著者の基本スタンスである「権力を失った反体制側の主張をより多く採り入れる必要があると思う」という部分は納得がいきます。
6000年前に出雲に王朝を建てていたという部分は?が付きますが、6000年前頃から連続的に中国から渡来した民が縄文人と混血して集団を形成したというのは間違っていないと思います。
弥生時代は新羅系が最初に定着し、物部政権がヤマトを押さえた。後から百済系が渡来、という構図は基本形として押さえておきたいと思います。
それらを押さえる上で物部研究、神社研究(時代、何をしたのか)はかなり重要性が高いと思います。

(中略)と書いた部分にもかなり鋭い分析が入っています。
ぜひリンクを開けて読んでみてください。
 
 
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