日本人と縄文体質
130009 江戸時代のリサイクル業者
 
ジャック・ダニエル ( 26 ) 06/09/05 AM03 【印刷用へ
>8.再生原料から作られたものを選ぶ
129459:末廣さん)

エコ社会の理想モデルとして、よく江戸時代の循環型・社会システムが引き合いに出されます。現代の日本の社会状況とは余りに多くの開きがあるものの、江戸時代とは日本が急速に「大量消費社会」化していった時期であり、現実的に参考に出来る部分も少なくはないと思います。

以下(リンク石川英輔 武蔵野美術大学講師)は、長くなりますが、江戸時代に活躍していた「リサイクル業者」の一例です。

〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
>江戸の町にはさまざまな回収専門業者がいました。現在のリサイクル運動と違うところは、すべて商売として成り立っていたという点です。というより、営業的に成立するからリサイクル業者が生まれたのです。

>灰買いもその業者のひとつで、江戸は金属や陶器以外のほとんどすべては、植物でできている植物国家ですから、多くのものは燃やせば植物性の灰になりました。

>この灰は農家の肥料になると同時に、紺屋が染物をするときに使う染料を、アルカリ性にするために使われました。紺屋は灰買い屋から個別に購入していたのですが、そこに問屋が目をつけて、灰問屋を設けました。この灰問屋は昭和10年くらいまで残っていたといわれます。

>この灰と先ほどお話した下肥、そして古着の三つが、江戸の主要なリサイクル品目でした。江戸時代までは、布はすべて手織りで、生産量も限りがあり、布製品は貴重品でした。江戸のような大都市であっても、武士階級から庶民まで、着物の大半は古着を着ていたのです。他の回収専門業者は、行商をしていましたが、古着屋は基本的には店を構えていました。現在の岩本町あたりに古着屋が並んでいましたが、その伝統を受け継いでいるのでしょう、このあたりには今でも衣料問屋が多くあります。古着商の数は、享保8年(1723)の記録では、組合に所属しているメンバーだけで1182軒もあったといいます。組合員以外の古着商も入れれば膨大な数になり、大きな産業として成立していたと思われます。

>現代でも古紙回収業という商売がありますが、江戸時代にも、紙屑買いというリサイクル専門業者がいて、不用になった帳簿などの紙製品を適当な価格で購入し、それを古紙問屋に売っていました。紙屑買いはたとえ零細ではあっても、自分の資本を持った商人でしたが、古紙を買い取るだけの資金もない人間は、町中を歩き回って、紙屑拾いをして、集めた紙屑を問屋で買ってもらいました。

>余談ですが、吉原でも紙屑が大量に出ました。当時の吉原には4000人もの遊女がいて、男女の営みの後始末にちり紙を使いましたが、この屑さえリサイクルされていたといいます。本当かどうか確かめようもないのですが、乾かして使うと、木の艶を出すのに最適だったという話もあります。

>紙と竹でできていた傘もリサイクルの対象になりました。傘の古骨買いがいて、買い集めた古傘を専門の古傘問屋が買い取り、油紙をはがして洗って、傘貼りの下請けに出した。時代劇に出てくる傘貼り浪人が作っている傘は、古傘の再生ではないかと、私は推測しています。

>ロウソクは製造に大変な労力を必要とし、高価な貴重品でした。ロウソクの燃えた後に残る滴でさえ、目方で計って買い集める専門の業者がいたのです。大きな商店、料亭、遊郭などではかなりまとまった量のロウソクの滴が出たと思われます。  このほか、湯屋の従業員が燃料費節約のために木拾いをしたり、箒売りは新品の販売だけでなく、古いしゅろ箒の下取りをするなど、江戸時代には、大きな自然の循環によるリサイクルと同時に、きめ細かなリサイクルも行われていたのです。(引用終わり)
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

何と言ってもポイントは、引用冒頭の「ボランティアではなく、地に足をつけた営業行為=仕事であった」、という部分に尽きると思います。

江戸の人々には「エコ」や「リサイクル」はおろか、(人間と対立するという意味での)「自然」「環境」という概念すら無かったわけで、まさに生活手段としての外圧のもと、余ったもの・捨てるものは『もったいない』→『どうする?』→『何かに使えないだろうか?』という本源的な適応(=工夫)思考があっただけだ、という事になります。

 
 
  この記事は 129459 に対する返信です。
 この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_130009

 この記事に対する返信とトラックバック
150265 江戸時代と現在は外圧が違う。 匿名希望 07/04/25 PM11
141092 都市で発生したごみを都市の外に捨てるパターン→江戸時代に確立 高菜ごはん 06/12/27 PM06
130462 「もったいない」は極めて本源的な言葉 川田宏子 06/09/09 PM10
130354 Re:江戸時代のリサイクル業者 匿名希望 06/09/08 PM10

  [戻る]  


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、49年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp