>その当日は、山中の仏堂などに皆でこもり、まず本尊の前で女たちが般若心経を唱え、それを若衆たちに教える。そして、夜半過ぎになって、一組ずつ布団に入る、という具合だったそうです。そして、雑談まじりに、手取り足取りひととおりの性行為を教えてもらう。(1167 岩井さん)
>その第1工程が終わると、今度はまた皆で般若心経や御詠歌をあげ、茶を飲みながら雑談(猥談)するのだそうです。そこで、女のほうから、夜這いの作法、女の口説き方、結婚までの心得、女体の特色、大人の性生活、出産のことなどを教えてやるそうです。
そしてまた第2工程に入り、・・・翌早朝に布団をあげて解散、というのが大筋です。(同上)
この一連の儀式を読んで、単純に「わぁ〜この頃って、みんな充足出来てたんだろうなぁ。羨ましいなぁ」と思えました。
性の充足が、村の活力に直結しているということを、みんな分かっていたからなんでしょうね。
「村全体の活力を維持するには?」という事をみんなが第一に考えていたからこそ、みんなで色々性の知識を教え合う事が出来たわけだし。
でも、徐々に都市化が進んできて、それに伴って村から都市に移る人が増えてきたとき、『明らかに都市で働く方が稼ぎもいいし』と、だんだんそちらに流れていってしまった。
そして、村に居た頃は充足を第一に考えていたのが、いつからかそれが私権を獲得する事に変わってしまった。
活力の中身が、私権獲得に変わったと同時に、性の充足は無くなってしまった…。
すごく勿体無いなぁと思うんです。
不思議なのは、こういう話が、誰にも全然語り継がれていないということ。
昔は、性に対する肯定視が物凄く強かったおかげで、男も女もみんな充足出来た。
なら、セックスレスが当たり前になってしまった今だからこそ、そんな人達には是非知ってもらいたい話。
なのに、当時の経験を語ってくれる人が居ないという事は、現代においてこの話(当時の性関係)は、タブー視されているからなんだと思う。
今の時代って、性=『恥ずかしい、いやらしいもの』だから、『堂々と話すべき事ではない』などと、性に対してはどちらかというと否定視が強いように感じる。
まずは、「性に対する肯定視」。
このように意識を転換することから始まるのかな?と思った。
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