農村を活性化させる為には?
90875 与えられるものと与えるものからの転換
 
小林有吾 ( 25 東京 会社員 ) 05/05/16 PM09 【印刷用へ
>日本の農村の半分以上は親類のことをオヤコと呼んでいた。オヤコやイトコのコは家の子のコである。家の子は労働単位であり、これを指揮するのがオヤであった。そのオヤは共同体の作業の頭であった。本物の親よりも長男のことをオヤカタと呼ぶ方言が広く知られているが、それは総領が労働の頭としての機能をもつ名残りであった。親類をオヤコと呼ぶのは、労働のための共同体が今日よりはるかに強大であったことを示している。現在のように家族の父母に限ってオヤと呼ぶことは、かなり新しい現象である。24991

 現代における家庭環境や教育環境では、育てるものと育てられるもの、教えるものと教えられるものという2つの立場があらかじめ決められていたかのように存在している。
 しかしながら、ここでいうオヤコ関係は、あらかじめ決められた関係ではなく、お互いの役割から呼び方が変わるという関係である。要するに、血縁が基になった関係ではなく、役割が基になった関係が構築されているのである。役割を基に関係を構築していくのは、非常に重要である。お年寄りには、お年寄りの、赤ちゃんには、赤ちゃんの役割が確実に存在する。
 現在は、役割が見えなくなってしまった時代である。だからこそ、全寮制の学校が機能する可能性があるのだろう。
 そういえば東京にも、かのフランクロイドライトが設計した自由学園なる全寮制の学校がある。彼らは、学校を卒業した後も、異様に強い結束力を有している。が、多少排他的でもあるらしい。そこには、お互いの役割を基にした関係が構築されていはいるが、外圧はないく、片手落ちになってしまっているようだ。
 したがって、全寮制+農村による自然の外圧の存在で育つことで、新しい教育が開ける可能性があるのだろう。
 
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