日本人の起源(縄文・弥生・大和)
90734 社会統合様式としてのまつり
 
渡辺卓郎 ( 33 東京 設計士 ) 05/05/14 PM10 【印刷用へ
北村さんの、
集団内における日常的なまつり→集団を超えた非日常的なまつり
という、採取生産時代のまつりという統合様式の変質についての投稿はなかなか興味深い提起だと思います。
研究から明らかなように、少なくとも日本においては、植物栽培の遺跡が見られる縄文時代中期(約5000年〜4000年前)でさえ列島人口が26万人であり、集団間の交流が外圧として働いていたと見なすには、あまりにも過疎だと思います。

そこでの集団課題は主として自然外圧であり、集団が如何に厳しい気候条件の下を生き延びるか、と言うものでした。まさに目に見える範囲での日常の集団統合が最も主要な課題であったと言えるのでしょう。

気候条件の変化によって、縄文時代晩期では列島人口が7万人に激減したと言われていますが、これが、弥生時代では60万人に増えるという「人口爆発」となります。しかも、こうした人口は主として畿内など西日本に集中していたため、集団間が接触したり、分離したりという機会も相当増えたものと推測できます。

こうした中では、一集団をまとめ上げる以上に、他集団とのコミュニケーションという課題が非常に大きな位置を占めます。北村さんが指摘するような、それぞれの集団間がヒエラルキーを持って統合される、と言う、統一国家のような関係が築かれ始めたのもこの頃です。

地域や構成、能力あるいは武力、生産力について、それぞれ異なる要素が、同類圧力として互いの集団間に働く中で、まつりの位置づけは確かに非日常イベントへと変質を起こしているように見えます。しかし、北村さんの投稿にあるように、

>もともと踊りが持っていた、歩行訓練=成員の
>能力向上空間=闘争評価空間という要素は殆
>ど消えています。
32641:採取生産時代の祭統合とその限界@】

社会統合上の課題が集団を超えた(そもそも小集団が細々と生きながらえている状態では社会統合という課題すらない)ものとなった以上、まつりという場は単なる体感充足による解脱を超えた、より高い同類圧力が働く場、小集団同士の評価空間となったとは言えないでしょうか?
例えば、三内丸山遺跡の巨大建造物は、貯蔵庫であるとか言われていますが、周辺の小集落のための集会機能を持っていた、とは考えられないでしょうか。そうであれば、まつりという解脱様式は、社会統合課題にぴったりフィットした、闘争評価空間をより効果的に創り出すものへと変質した、とも考えられるのではないか、と思います。
 
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