私権原理から共認原理への大転換
88560 外部対象を認識できて『必要か否か』の判断が可能になる。
 
原田昭雄 ( 50 埼玉 会社員 ) 05/04/08 PM10 【印刷用へ
>この『必要か否か』という判断機能は、存在(本能・共認・観念)を貫く、極めて基底的な地平にある判断機能である。あるいは、全ての生物に備わっている不可欠の生存機能であると云っても良い。(33995)

 答えの無い社会不全状況にあって『必要か否かの判断』は私権社会の『個人的なそれ』ではなく、みんなにとっての『必要か否か』となります。
「みんなにとっての必要か否か」は社会の(課題・役割)共認が形成された上での判断ではないかと思いましたが、むしろ共認を形成する過程でも人々の本源意識がその生存を掛け、対象に対して繰り返し行っているのではないでしょうか。

 その判断は個人ではなく仲間の場(における羅針盤)で行われますが、より広く(=全体の視点で)構造化し、より深く追求することで『(必要か否かの)共認形成』が更に確実に測られて行くような気がします。

 一方で、

 >今の学生達は「役に立ちたい」意識より、「必要とされたい」意識が強いようだ。最近の学生と話をして気付く事は、驚くほど自分に自信が無い事である。(87925)
 
 これは、社会不全の中にあって学生(若者)の意識が外の対象に向かわず「自分の内」に向かった結果ではないでしょうか。とすると、彼らにとって大事なのは仲間として迎え役割を与えることでは無く、まずは彼らの意識を外の対象世界に向かわせ当事者意識を持ってもらうことではないかと、思いました。

 
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