’70年貧困の消滅と私権の衰弱
87498 目先に囚われず、『必要か、必要でないか』を考えなければ、同じ失敗をしかねない
 
中野泰宏 ( 32 大阪 塾講師 ) 05/03/17 PM01 【印刷用へ
私権の強制圧力下での、私権不全からの解脱収束先は、物的な快美充足(便利さ・快適さ)と類的な解脱充足(遊興・芸能)および頭の中だけの倒錯観念(古代宗教・近代思想)しかない。その内、解脱はもともと「闘争=生産過程の緊張からの弛緩・発散過程」であり、「必要ではあるが、不充分なもの」なので目的には成り難いが、物的な充足は仕事(闘争=生産過程)と直結しており、目的に成り得る。従って、「物的な豊かさ追求」が、近代を貫く誰もに普遍的な目標共認となった。

この私権の強制圧力が若者を「物的な豊かさ追求」の場たる都会へと向かわせ、それにより、過疎化・核家族化に代表されるように、かつてあった村落共同体を崩壊させていくこととなった。そして、私権を追求し、豊かさを実現しきった果てに残ったのは、精神破壊や肉体破壊、環境問題…。そして人々は豊かさの実現という目的をなくし、収束先を失っていくことになった。

>『必要か、必要でないか』という認識は、決定的な一つの答えとなる。
戦後から始まりこれまで多くの人は『必要である』と判断し、行動してきたことは目先に飛びついただけではなかったのか。今ある社会は本当に『必要か、必要でないか』という考えもなしに、『そういうもの(当時は社会に正しいと共認されていた)』と思い込んで(思い込まされて)進んできた結果ではないのか。

これからの社会を考えるにあたっても、やはり目先に流れては同じ道を進みかねない。本当に『必要か、必要でないか』という認識は、重視されるべきである。目先に囚われず、徹底して事実を追求し進んでいかなければ、必ず失敗することになるのだということを戦後の歴史から、事実認識から教えてもらった気がしました。
 
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