子育てをどうする?
86855 子供が通園している幼稚園の事例
 
田原康夫 ( 48 広島 会社員 ) 05/03/06 AM00 【印刷用へ
「子供」とは旧観念では?
> 教育とは、常に何らかの「外圧」の必然性がなければ成立しません。
 大人と同じように働いていた時代の子供は、当然、成果を出せるようになるために、必死で学んだでしょう。闘争圧力、期待圧力の存在は、精神回路の発達を促したでしょう。<

>私は「子供」は一つの旧観念なのだと思います。
 少なくとも、近代以降でしか通用しない特殊な観念だといえます。だとすれば、子供も大人と同じように、「社会の当事者」(65804 今井さん)として期待をかけることはできるはずです。その期待が、ひいては、子供たちの勉強意欲につながるのではないでしょうか。
 教育の場でも、「旧観念無用」が求められる一例だと思います。<

「遊びのなかで最も子供はよく学ことができる。
年齢、性別、障害に拘らず形態自由なグループでの体験を通じて自然、栽培、飼育の素晴らしさを体験して欲しい」

私の子供が通園している幼稚園の教育方針です。

確かに登園から降園まで昼食と片付け以外みんなでずっと遊んでいて、保育士さんも見守りながら一緒に遊んでいます。
以前、遊びのなかで最も子供はよく学ことができる、そうかなと思う反面、本当?という思いもあり、園長さんにそのことを聞いことがあります。

「一応遊戯療育と呼んではいますが、おとなが思う遊びではないのです。子供の中では勉強(仕事)と遊びの区別はありませんし、おとなと子供の区別もないのです。子供だって担いたいし、役に立ちたいのです。大人と子供を区別し過ぎない、そこが重要です。その意味での’遊び‘と捉えています。鶏の世話、畑の種蒔き、いも堀、その食材を使った料理造りなどを園生活に取り入れ、こどもみんなに担わせて進めていきます。
そういう時が一番子供も一生懸命で楽しそうです。園ではそんな鶏の飼育や農園での作業時間を毎年増やしています」

去年卒園した長男も園生活で一番印象に残っているのが、農園でみんなとの種蒔きと収穫と言います。
一緒に参加し担い収穫という成果を上げられらことが、充足となり、そこにこそ学びがあったのだと思います。

子供だから遊ばせていればいい、という大人と子供を分け隔てしまうことこそ旧観念という認識を得たことで、改めて、その幼稚園の目指すものが多少人工的、部分的ではあっても間違ってなかったと思えます。
むしろ今後のこどもの教育の方向性を示唆しているとさえ思います。
 
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