学者とマスコミはグルで頭脳支配
84749 小さな社会人と大きな社会人
 
吉国幹雄 ( 52 鹿児島 講師 ) 05/01/28 PM00 【印刷用へ
>大人・子供という区別はなく、子供は「小さな大人」とみなされ、物心がつく年齢(現代で言えば小学生に上がる年齢)になれば、他の家や村での見習い修行を通じて、大人と同じように働き、扱われる存在だったことがわかります。小さいなりに体力や知識に応じた、課題・役割が与えられていたのです。<(84017、阪本さん)

最近では学校だけでなく塾をはじめとする多くの教育機関が「社会人育成」を唱えている。この「社会人」と[育成」の中身が明らかにされないかぎりお題目にすぎないとは感じていたが、阪本さんの投稿(84017)にあるように、子供と大人(≒社会人⇒社会)とを観念的に遮断してきた嫌いがある。
子供も大人も現実社会の圧力の中に存在しているわけで、大人が大きな社会人ならば、子供は小さな社会人とでもいうべき存在だろう。

この「小さな社会人」という認識転換は、現在混迷しまくっている教育問題・子育て問題・育成システム、ひいては「子供第一」の価値観をも覆す突破口を指し示しているように感じる。
日本の【年齢集団と年齢階梯制】について少し調べてみた。

>【年齢集団の諸形態】日本の民俗社会における年齢集団を歳の若い順にあげると,子供組・若者組・娘組・中老組・嫁組・年寄組の各組となる。子供組は数え年(以下同様)7〜15歳ごろのおもに男児からなり,女児の参加はまれである。最年長者が指導をし,若者組の年少者が顧問となる。機能は小正月行事・天神講・七夕・十日夜・亥の子などのムラの年中行事にたずさわることで,子供組はそのつどムラのなかに数組ずつ形成される。若者組は年齢集団のうちで代表的なものの一つである。加入年齢は15か17歳ぐらいであるが,脱退時期によって青年型と青壮年型とに大別される。青年型は結婚または25歳ごろに脱退するもので,兄弟は全員加入するものが多く,さらに寝宿を中心に婚姻媒介を主要な機能とし,西日本に比較的広く分布した。一方青壮年型は33歳とか42歳までの既婚者を含み,1戸一人の参加型をとる傾向が強く,東日本に多かった。いずれにしても年長者である若者組の統轄のもとで,若年者の躾とか氏神祭りや災害時の救援活動に従事した点では両型とも共通していた。娘組は若者組に対応する存在であるが,西日本の沿海地方に分布し,東日本にはまれであった。年齢は13歳ぐらいから結婚までで娘宿との結びつきが強かった。若者組の統制下で婚姻媒介がおもな機能であったとみられる。<
(引用サイト:リンク

すべての「年齢集団」は、「家」を超えたムラにおける役割を果たす「役割集団」となっている。「子供組」もムラにおけるみなの期待に応える役割を与えられている。もちろんその課題は育成課題でもあるので、上の指導者による指南育成の場である。また「年齢集団」は育成システムだけでなく、性システムも組み込まれている。ただ、「大人組」はないが…国語大辞典(小学館)によると

【大人=乙名】@成人式を終えた男女一般 Aかしら。おもだった者。 B中世末、座の代表者。 Cおもだった女房。物事を取り仕切る女房。 E江戸時代、肥前国長崎で町役人。 F江戸時代、松前藩主に統括されたアイヌの酋長に与えた名。 G召使の長。奴婢の長。
【大人=温和】おとなしいこと。従順で穏やかなさまをいう幼児語。 
【おとなおとなし】いかにも大人びている。大人らしく落ち着いている。

おそらく、大人(乙名)とは「長」という役割存在であり、もともとは権威のある特別な存在のこと。現在はみんなが長?となった社会。
一方平安時代の「枕草子」(宮廷サロン)には「女房」「子供」が既に登場するが、そこでは「子供」を「大人(温和)」、と特別視しはじめているのを見てとれる。子供が大人しいわけがない。
消費特権階級(有閑階級)の「女・子」が、宮廷を中心に拡大していったことと関係深いのだろう。私権確保とともに子供が特別な存在となっていく。

「子供の権利」を声高に叫んだのは18世紀のルソーの「エミール」においてである。それまでは子供はすぐに職人として働きに出されていたが、それでは子供がかわいそうではないか。子供は大人と違うのだから、子供の権利を認めるべきだ、ということ。ルソーの啓蒙思想は「自然に帰れ」で代表されるが、その本質は嫌な貧困の強制圧力に対して、私権拡大を要求した運動である。

社会と切り離された「子供」観念は、私権獲得と密接に関係した「旧観念」(84017)であることはは間違いないようだ。
 
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