>認識形成こそ、社会形成の生命部であり、それだけに最も困難な活動である。しかし、本気で社会を変えようと思うのなら、まず心ある人々から率先して、認識形成の真っ只中に身を置くべきであろう。
32087 四方様
凄く新鮮な言葉に感じました。
不全その物が言葉を無くすまでに人々の心底に堆積した現代を鑑みると、自分に何が出来るかとかを考える前に、行動する中で認識を高めて行けば良いと思う。
昨年の年始の新聞の見出しに閉塞感がやたらと多かったが、今年は社会問題が取り上げられている。閉塞感という獏とした内容から「どうする!」
に変りつつある。
以前、認識を営業する!活動を行っていたが、実は皆この活動を求めている(=期待している)ように感じる。
私は46歳だが、自分の年齢に近い人は、恐らくそれを潜在的には求めていると確信する。
再度同年代の仕事関係という同一視出来るところから営業しよう。
実は、上下関係に不全を感じて会社を辞めていく若者も期待していると思う。
閉塞感を貫通して、どうする!の時代は、正にどこでも営業の時代の到来と感じるし、共認形成の時代と感じます。 |
|