民主主義と市民運動の正体
82433 「セクハラ」裁判の驚くべき事実。
 
廣重圭一 ( 41 東京 技術者 ) 04/12/12 AM04 【印刷用へ
>大した問題だと思ってなかった。(58656

 私もセクハラというと一般には男から女への性的いじめ、性暴力
というイメージがあり、何でそこまでやるの?程度しか思っていま
せんでした。ところが、セクハラのことを調べてみると、実は誰で
もセクハラと訴えられてもおかしくない状況があることに、愕然とし
ました。
 
 セクハラ行為か否かのポイントは「された本人が嫌な気持ちにな
ったかどうか」ということだそうです。だから、同じ事でもAさん
にすると「セクハラ!」と訴えられ、Bさんにすると「コミュニケー
ション」になる場合もあります(これこそが差別では!)。
例えば、セクハラの事例として、学校で先生が、性差で役割分担を
決めてしまうことや(掃除の分担でごみ捨ては男、女は窓拭き)、
会社で男が女性のみ「ちゃん」づけで呼ぶ、「女の子」という扱い
をする等。湯茶サービス・コピーなどの雑用、補助的な仕事は女性
担当とする。これらもセクハラです。
 また裁判にしても行為の性質上、第三者の面前で行われる事は少
ないため、行為を直接見聞した証人がいることは少なく、限られた
人間の中で裁判が進められ、本人が嫌な気持ちになったがポイント
です。だからセクハラと訴えた場合が圧倒的に勝訴のケースが多い
そうです。
 訴えられれば被害者に対する和解金・損害賠償金などの直接的な
損失はもちろん、そればかりではなく、紛争化することによって、
自身の職場や社会あるいは家庭に於ける信用・評価を失わせる事に
もなります。共認動物である人間にとってこんな辛い事はありませ
ん。こんな強制権利のポイントが「された本人が嫌な気持ちになっ
たかどうか」にゆだねられる。誰がどう考えてもおかしい。

 ここで考えたいのは、セクハラが良い悪いという価値軸ではなく
、何であれ法律として適用する以上、万人の共認が必要だというこ
とです。この当たり前のことが蔑ろにされているということです。
大多数の人が何かおかしいと感じながらも、一部の団体の権利・人
権+マスコミ権力で、あたかも皆が共認したように法律まで出来て
しまう。みんな共認の場の必要と、それが、現在の権利・人権に替
わるものだと思います。
 
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