私権原理から共認原理への大転換
5704 縄文都市論>小寺さん
 
三ヶ本万州夫 ( 壮年 兵庫 講師 ) 01/06/29 PM01 【印刷用へ
>私はこの遺跡は、縄文時代の常識をくつがえすだけではなく、ひょっとすると、世界の文明史に一石を投じる のではないか、とさえ思っている。もしかすると「世界五大文明」になるのではあるまいか、と。

 三内丸山遺跡のスケールの大きさは、確かに縄文観を一変させるものですし、まだまだ全貌は解明されていませんが、現時点では、縄文都市、縄文文明、という呼称は少し先走りすぎかもしれません。まずは、縄文都市論から見ていきましょう。

 俗な根拠としては、三内丸山の人口が500人以上と推定できるので、これは村とは呼べない、というものです。これは、都市とは何かという定義の問題になってきますが、縄文都市反対論の根拠も少し見てみましょう。

 今村啓爾説では都市の定義として、
1・相当な人口が高い密度で生活する。

2・周辺の広い地域に食料などの一次産品を依存する。すなわち、都市はそれを支える農村や漁村に対置される。

3・自らを維持するための諸活動を有機的に行う。例えば必要物資を外部から集めて内部に流通させたり、環境や秩序の維持を内部の構成員が分担して行う、など。

 普遍的で厳密なものではないとは認めつつも、以上の三つは外せないだろう、としています。この中で最も本質的な条件が2であり、縄文の大集落は1と3はある程度満たしているものの、2は全く当てはまらない、と述べています。

 縄文人は全員が一次産品の生産者だからです。よく見ると森本哲郎も「都市と言ってもいいほどの規模と計画性」と述べており、都市である、とは断言していないようですね。

 次に、5004の投稿で阪本さんは都市について 

>都市は、まず、人工的に軍事的・経済的な権力の拠点として生まれ、強制的に周辺の村落から物資を奪取することで発展した。その過程で、自給自足的な村落の経済が、都市へと物資を供出する場へと変貌していったのです。

と述べられ、それを受けて5022で浅野さんは
 
>「都市は権力が生み出したものであり、その基盤である」という前提はおよそ確認できていると思います。 「都市」の目的は、従前の自給自足の農村共同体による統治システムに対し、新たに人工的な集落=都市を造りだし、権力主導の独自の制度(経済、暦、法律、農法等)を生み出していくことにあったのだと思います。

とRESされています。では縄文集落に権力機構が存在したでしょうか。渡辺仁は「縄文式階層化社会」で、狩猟と漁労の分業関係が、貧富の差や、貴賎の観念を生み出したとし、このような社会的上下関係は、アメリカ北西海岸インディアンのヌートカ族、北東ロシアのギリヤーク族などに見られ、アイヌにも似た関係がある、と述べています。ただし、彼が階層存在の証拠とする縄文土器の優品(平民をひれ伏させる、貴族の威信材)や、上層階層の特権として儀礼的なクマ猟が行われた証拠としている新潟県室谷洞窟のクマの骨などは、かなり特殊な例として、まだ大方の支持を得てはいないようです。

 ここでは、渡辺氏自身が「これは階級ではなく階層であり、権力的な関係ではない」と述べている点に注目しておきましょう。

 階層そのものに疑問詞を投げかけるのが前述の今村啓爾です。
 
 「リーダー的な立場の人はもちろん旧石器時代にもいたであろう。そのような人物が一般構成員に一定程度優越する権利を保持したり、特別な装飾品を身につけることは自然なことである。それは基本的に個人単位の資質や集団の慣習に帰することであって階層とは呼べないのではないかと思う。」

 これまた階層、階級の定義の問題になりそうですが、少なくとも、いわゆる私権的な「力の論理」に基づく支配・被支配の関係はなかったと考えてよいのではないかと思います。以上から縄文集落イコール縄文都市というのは、現状では肯定できないという結論を出しておきます。縄文文明論については日を改めて検討させて下さい。 
 
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