当然、癌研究の専門家集団の評価ダウンになる(国家から莫大な投資をうけ、医師の中でもエリートと呼ばれる医師たちを出しぬくことになる。)ので、癌専門医達はなんとかそれを否定したかったのでしょう。そして、25年前の医師会は、貧困の時代に築いた権力の残存時期であり、厚生省としても癌研究に膨大な投資をしていることから、表立って否定は出来なくても、医師会の主張が大衆に受け入れられるなら後押ししようと考えていたのではないかと思っています。
ここで丸山ワクチンが、化学物質による殺菌効果のような近代科学で説明可能な作用機序であったなら、もう少しましな展開があっただろうと思っています。そうであれば、癌専門医も事実として認めざるを得なかったでしょう。この事件を複雑にしている原因の一つに、先にあげたホメオパシー医学への批判と同じく、『自然治癒力』を刺激し、それを活性化させ、自力で癌を治すというメカニズムが、生命機構そのものの説明と言うことになり、現在の科学認識では手に終えない状況にある、と言うことがあげられます。
また、近代医学で使用している薬の作用機序が完全に判っているかと言うと、そうではありません。自然治癒力の説明に比べれば、少しばかり詳しくわかっている程度でしょう。例えば、ペニシリンの作用機序などは発見から何十年もたって、やっと(現段階の)説明がついた程度ですが、薬としては長く使われています。そのことは、科学的知識を持ち合わせた殆どの医師はわかっていて当然です。しかし、自己完結的専門家集団の価値軸(集団内の評価軸)に抵触する場合のみ、実証出来ないと科学的判断根拠をたてに否定してしまうのです。そして、科学的と言われると無条件に信じる大衆からは、極少数の反発しか出ませんでした。それゆえ、厚生省もそれ以上介入する必要はなかったのでしょう。
ここで、専門家集団の成立基盤と行動規範について考えると、医師会は健康保険制度をうまく利用して、外部からの干渉を排除できる独立した権力を獲得し、その内部で独自の価値基準で行動するようになり、社会からの期待も捻じ曲げて行動するようなりました。科学者も国家体制に組み込まれるようになってからは、ほぼ同じように権力を手中に収め、独自の行動規範をとるようになり、社会を対象化できなくなっています。
>人を生かすための医学であってほしいし、適応していくための科学であって欲しいです。
5124 長谷川さん
という思いは彼らには届かず、「科学的」という言葉をうまく使い分けて、自集団の権益を守るという行動に邁進していっているのではないかと思います。
また、上記の行動規範は普通に考えれば、一般大衆(健康保険加入者、納税者)の期待に反するものですから罪悪感を感じてもいいはずです。なぜ感じないのでしょうか?それをこえた、幻想観念により自己をプラス視する共認が成立しているからだと思います。つまり、自分達は「白衣の聖職者」であり社会に貢献しているのだから、素人が生半可な知識で意見できるものではない、医師(科学者)と言う職業そのものが意味をもつ、という内容の。エイズ問題で、安倍被告から「医師の経験と信念により判断した。」と言うような内容の発言があり、唖然としましたが、TVで氏の表情を見ていると、本人は本気でそう思っているようにも思えました。彼らの行動の正当性の根拠が、聖職者の信念の中にあるということでしょうか。 |
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