稲垣栄洋・著『敗者の生命史 38億年』から引用します。
*********************************
●弱肉強食が生物界の掟だが、強者がたびたび全滅したワケ
地球に生命が生まれてから、最初に訪れた危機は、海洋全蒸発とスノー
ボール・アース(全球凍結)であった。これは、地球規模の大異変である。
地球に生命が生まれたころ、直径数百キロメートルという小惑星が地球に衝突した。そのエネルギーで、すべての海の水が蒸発し、地表は気温4000度の灼熱と化した。そして、地球に繁栄していた生命は滅んでしまったのである。
このような海洋全蒸発は、一度ではなく、何度か起こったかも知れないと考えられている。このときに生命をつないだのが、地中奥深くに追いやられていた原始的な生命であったと考えられている。
こうして命をつないだ生命に訪れた次の危機が、地球の表面全体が凍結してしまうような大氷河期である。この時期には、地球の気温がマイナス50度にまで下がった、全球凍結によって、地球上の生命の多くは滅びてしまった。しかし、このとき生命のリレーをつないだのが、深海や地中深くに追いやられていた生命だったのである。
●地球の異変で生き残ったのは、僻地に追いやられた生命
こうして地球に異変が起こり、生命の絶滅の危機が訪れるたびに、命をつないだのは、繁栄していた生命ではなく、僻地に追いやられていた生命だったのである。
そして、危機の後には、必ず好機が訪れる。
スノーボール・アースを乗り越えるたびに、それを乗り越えた生物は、繁栄を遂げ、進化を遂げた。真核生物が生まれたり、多細胞生物が生まれたりと、革新的な進化が起こったのは、スノーボール・アースの後である。
そして、古生代カンブリア紀にはカンブリア爆発と呼ばれる生物種の爆発的な増加が起こるのである。カンブリア爆発によって、さまざまな生物が生まれると、そこには強い生き物や弱い生き物が現れた。強い生き物は、弱い生き物をバリバリと食べていった。強い防御力を持つものは、固い殻や鋭いトゲで身を守った。
●逃げ回ることしかできなかった弱い生物がしたこと
その一方で、身を守る術もなく、逃げ回ることしかできなかった弱い生物がある。その弱い生き物は、体の中に脊索と呼ばれる筋を発達させて、天敵から逃れるために早く泳ぐ方法を身につけた。これが魚類の祖先となるのである。
やがて、脊索を発達させた魚類の中にも、強い種類が現れる。すると弱い魚たちは、汽水域に追いやられていった。そしてより弱い者は川へと追いやられ、さらに弱い者は、川上流へと追いやられていく。こうして止むにやまれず小さな川や水たまりに追いやられたものが、やがて両生類の祖先となるのである。
巨大な恐竜が闊歩していた時代、人類の祖先はネズミのような小さな哺乳類であった。私たちの祖先は、恐竜の目を逃れるために、夜になって恐竜が寝静まると、餌を探しに動き回る夜行性の生活をしていたのである。常に恐竜の捕食の脅威にさらされていた小さな哺乳類は、聴覚や嗅覚などの感覚器官と、それを司る脳を発達させて、敏速な運動能力を手に入れた。
●敵に追いやられながら、私たちの祖先は生き延びた
大地の敵を逃れて、樹上に逃れた哺乳類は、やがてサルへと進化を遂げた。そして、豊かな森が乾燥化し、草原となっていく中で、森を奪われたサルは、天敵から身を守るために、二足歩行をするようになり、身を守るために道具や火を手にするようになった。
人類の中でネアンデルタール人に能力で劣ったホモ・サピエンスは、集団を作り、技術と知恵を共有した。
生物の歴史を振り返れば、生き延びてきたのは、弱きものたちであった。そして、常に新しい時代を作ってきたのは、時代の敗者であった。そして、敗者たちが逆境を乗り越え、雌伏の時を耐え抜いて、大逆転劇を演じ続けてきたのである。
まさに、「捲土重来(けんどちょうらい)」である。
逃げ回りながら、追いやられながら、私たちの祖先は生き延びた。そして、どんなに細くとも命をつないできた。私たちはそんなたくましい敗者たちの子孫なのである。 |
|