健康と食と医
355755 感染病の起源史〜歴史上の病気の判定は状況証拠にもとづく推測
 
匿名希望 20/04/16 AM00 【印刷用へ
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 1.1 仮説としての疾病史

 人類は病気と共に始まり病気とともに歩み続けてきた。人間とは病む存在である。この常識のため病気を理解することは我々にとって難しくな いように思える。しかしそのような常識は禁物である。この章を理解するため次の三つの前提を確認しておこう。

 (1)病気体験は歴史や社会によってきわめて多 様である。

 我々の病気体験は、人類の祖先が体験したものと必ずしも同じではない。同じ種類の病気でも時代や場所によって発病の様式が異なる、つまり 病状が全く別の ものとして取り扱われることがある。民族学の現地調査から、おなじ病気に感染しても、病状の訴え方には、社会によって著しい多様性があることも報告されて いる。したがって歴史的記述の中や異文化における病気の経験について知ることはきわめて困難である。二十世紀初頭のインフルエンザ(スペイン風邪)の流行 によって世界中で二千万から数千万の人びとが死んでいったという怖ろしい事態を現在では誰が容易に想像することができるだろうか。

 (2)歴史上の病気の判定は、臨床的な診断では なく状況証拠にもとづく推測である。

 過去の時代の人びとの病気の体験が現在と異なるということは、病気の歴史的検証において大きな問題になる。なぜなら過去にさかのぼって病 原を特定するこ とができないので、研究者は史料に残っている個々の病状や流行の様式から、それらの病名や原因を推測する。しかし、手がかりとなる流行様式や病状が異なる ため、それらの診断はきわめて難しい。人類が経験してきた流行病はこのような推測によってかりに病名が付けられているだけであって、将来の研究の進展いか んでは異なる病気として認定されることもあり得るのだ。

 (3)どのような病気の歴史もあくまでも仮説である。

 病気の知識に関する問題はより深刻である。現在の病気研究は十九世紀以降しだいに世界中で影響力をもちはじめ、現在では標準となっている 近代医学の知識 による。病気の統計などもこの医学体系に基づいて十九世紀以降に蓄積されるようになってきた。しかし診断基準は不断に変化する。つまり、ヨーロッパにおい てさえ十八世紀以前には科学的に信頼がおける病気研究のための資料は限られている。病気の文明史とは、歴史学や「疫学」(病気の原因や動態を明らかにする 学問)の研究成果を利用して再構成されたものにすぎない。
 我々はここで自然科学的に定義される人間の疾患を「疾病」と呼び、人びとに解釈され社会的な意味をもつとき、それを「病気」と呼んで区別しておこう。本 章が焦点をあてるのは人類の「病気」理解のための「疾病」史の基礎である。

1.4 流行病の農耕生活起源説

 人類が草原に進出して以来、人類の健康の歴史における次の衝撃は一万年前頃の農耕の誕生の際におこった。農耕の発明がただちに狩猟採集の 生活の放棄を意味するものではなかった。粗放的な農耕の時代には狩猟採集生活の要素が続いていた。狩猟採集生活に対する農耕生活の利点は土地面積あたりの 生産性の向上であり、高カロリーの炭水化物の食物を提供したことにある。その後の農耕生活は、採集狩猟時におけるメニューの多様性や栄養価を犠牲にしても 高カロリーの食物への依存を高めていった。同時により高い農耕生産性を維持するために、労働の強化がおこなわれるようになった。このことにより人びとのほ とんどの生活時間が労働に使われるようになった。集約的な農耕を通して余剰生産物を蓄積する方法を選択する人びとが登場したのである。
 集約的な農耕の導入と人口増加の因果関係をめぐっては二つの意見の対立があり論争のテーマになっている。ひとつは、人類は農耕の導入を通してそれが結果 的に人口増加につながったという見解である。農耕は人類が偶然に発見し、それが人間の生活にとって革新的な効果を生んだと考える。この仮説は古くはマルサ スから今日にいたるまで多くの人たちによって支持されてきた。しかし世界の各地で気候風土に応じた農作物の栽培がなぜ同じ時期に誕生したかということを単 なる偶然の一致でしか説明できないという欠陥がある。
 それに対して経済学者エスター・ボズラップはマルサス的見解とは異なる解釈を提出する。彼女によると、狩猟採集民の生活の中にはすでに粗放的農耕を生み 出す要素があり、粗放的農耕による人口増加によって集約的な農耕の技術の導入と発展が順次始まっていったと説明する。人口が一定の限度を超えて成長した地 域において文明が発生したのである。文明の人口基盤が集約的な農耕の受容を促進し、この農耕の発展がさらに人口を増加させるという相乗効果を生んだと考え る。
 
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