>潜在的な新しい可能性が顕在化して新しい現実と成るためには、古い殻を内側からこじ開け、私権の現実の中を突き抜けてゆく必要がある。だとすれば、新しい演場、とりわけその中核を成す『認識形成の場』自体が、私権の現実(国家や市場)の真只中に乗り込み、内部から私権世界を解体・再統合しながら、突き抜けてゆくしかない。
70年安保世代の総括として、「新しい構造認識」も「新しい社会統合機構」の基本フレームも持ちえずに、突っ走って騒ぐだけで終わったことの必然を改めて思い知らされる。
「造反有理」(反逆には道理がある)などと騒いでみたところで、その世代の大半が今、私権のフレームの中に引きこもっている現状では「本当に変革する頭も気もなかった」証明となる。
「私権の現実の中を突き抜けてゆく必要がある」に、改めて「実現」の本気を実感する。
>今、必要なのは、この国家や市場を解体・再統合できる様な人々の結集であり、その為の『現実の場』の結実である。あるいは(「自由」「個人」を金科玉条とする旧観念派には、目を背けたくなるような言葉だろうが)『場の秩序化』=『体制化』であると云ってもよい。
今「成すべきことは何か」それは「私たちの置かれている現状況を確りと直視すること」この現実直視の視点が導き出してくれる。
改めて肝に銘じておかねば。(いつ如何なる時でも、場でも求められていることを)
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