■サイト上で議論される認識が要・不要の判断基準
>それどころか、『必要か否か』という土俵上では、どれだけ多くの人が必要と認めたかが、つまり『人数』こそが、「お金」を超える最先端の評価指標となる。そこでは、お金は人数を判定する基準(お金を払った人だけを人数として数える)にすぎなくなる。つまり、古い評価指標=お金は、新しい評価指標=人数の補助指標に転落する。<33995
「必要」と認めた人の数がどのように決まっていくのかということは、評価がどのように決まっていくのか同じであるということですね。
と言うことは、認識系サイトに於ける社会の(現実の)認識闘争(同類闘争)による評価が要・不要の判断の基準に成っていく。
サイト上で議論される様々な状況認識や構造認識が要・不要の判断基準を決めるとも言えるのでしょう。つまり、サイトに参加することが、何にお金を使うのかの判断基準になります。
■意識と行動の統合
まさしく、個人の欲求によらない要・不要の判断基準であり、多くの人が評価する要・不要の判断基準を構築する場が認識系サイトとなる。
我々は現実の中での具体的行動である生産や消費を認識系サイトを拠り所とする様になるのではないでしょうか。
そして、その行動が社会を変える一助となることで、我々の意識(頭)と行動(体)がやっと統合感を持って現実になってくるのだと思います。 |
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