私権原理から共認原理への大転換
33953 「必要か・・・」の問いが作り出す共認伝播の波
 
田野健 HP ( 40 東京 監理 ) 02/06/18 PM11 【印刷用へ
『必要か、必要でないか』という認識は、決定的な一つの答えとなる。この認識が伝播するのに応じて、真っ当な判断の土俵が確立されてゆく。そして、真っ当な土俵が出来さえすれば、そこでの必要判断が物や芸能から認識へと、次第にシフトしてゆくことは、云うまでもない。
『認識形成の場』は、この土俵の上に(新しい演場の開拓者として)登場することになる。 (四方氏33821

「必要か、必要でないか」という事、確かに最近よく考えるようになった。以前は得か損かで商品を見ていたように思うが、「必要か・・・」の土俵でものを見るとどれだけ安くても買わない、逆に多少高くても買うという価格と離れたところで購買判断がなされるように思う。逆に耐久消費財(どうでもいいもの)は適当に安いものを選ぶようになる。そして考えた結果多くの物的商品は必要でないという結論に達することに気が付く。お金は貯めていてもしかたないのだが、必要がなければ使わなくてもいいというようになる。ケチではなく買うものがないのだ。

この「必要か・・・」の主語はなんだろうか?自分がということになるとおそらく殆んどのものが必要ではなくなるのではないか?お金を払う主体は自分なのに自分では欲しいものがない。
では何の為に使われるのだろう。携帯やパソコン、様々なトレンド物にお金を投入するのはすでに主語が自分がではなくなっていることの表れなのだろう。自分と廻り、或いは自分を含んだ仲間、以前の生活費の一部である交際費という感覚ではなく可能な限りのお金を投入して仲間との繋がりを求めているのが現状の感覚なのかもしれない。

そして「必要か・・・」を考える時もう一つ気付くのが自分にとってというものを超えている必要があるという事だ。自分が必要なものはないのだから、自分を超えたところ(超集団)にとって必要なもの・・・”これはお金がかるけどやっぱり必要だよね”という部分である。
それは皆にとってであり、社会にとってであり、気恥ずかしいけど人間集団にとってであったりする。企業が商品開発にこの発想を入れだし、環境税に近いものまで自ら商品に組み込みそれを認めた上で消費者が購入するというのもこの構図を先取りしているからにすぎない。

このように価値にお金を投入することは既に”損か得か”から全く違う次元の感覚になっていなければ不可能である。

従って、「必要か・・・」の投げかけを大衆が持ち始めたということは私権価値を自ら問い始めていることに他ならない。この問いかけ(認識の伝播)は四方さんが言うように必ず真っ当な判断の土壌を作り出していくものと確信する。既にこの投稿サイトの方は気付いているがまず必要なものは”構造認識”以外にないということに行き着く時は意外と早いと思う。

気付いているもの達は何をするにも問うていけばよい。
「必要か、必要でないか」
 
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