もはや学校は終っている
338664 教科書に見るフィンランドと日本との差異
 
匿名希望 18/08/30 PM01 【印刷用へ
1.はじめに
2012 年度より,新指導要領完全施行に伴い,
教科書も一新される。それに伴い教科書採択委
員会が結成され,各社の教科書を吟味する中で,
各教育委員会で使用される教科書の選定がなさ
れる。日本ではいくつか教科書会社があるが,一
教科 1 社の原則であり,諸処の事情から独自性を
出しにくい部分もある。中には,部分的に非常に
魅力的な単元の表現も見られるが,オールマイテ
ィではなく選択していくうちに,全範囲に渡り無難
にまとめられている教科書が採択される傾向にあ
る。また,公立高等学校の入試制度があるため,
最低限の知識の習得を図れるものでなくてはなら
ないため,どうしても実験や観察が似る傾向があり,
基礎知識としては十分対応しているが,現代の情
報化社会の中において,マスメディアから受ける
情報との関わりから見ると,物足りないと感じられ
なくもない。理科離れが叫ばれている昨今だが,
生徒の声を聞く限り必ずしも嫌いな生徒が圧倒的
ではなく,むしろ興味関心がある生徒,好きな生
徒が多いことに気づかされる。そういったギャップ
が理科の興味を薄れさせてしまう要因につながっ
ているのではないかと考えられる。

2.日本の教科書の変容との関わり
フィンランドで学校訪問をして,使用されている
教科書の種類と内容を調べる中で,日本との違い
を考え,理数系教育をどうとらえているか,日本と
の違いを,その指導書となるべく教科書と,それを
用いて指導を行う教師の方向性の観点から考察
することとした。

3.教科書に見るフィンランドと日本
フィンランドの教科書会社は日本に比べ少なく
4社で,そのうち2社が大部分を占めているといわ
れる。教科書の選択権は各学校の担当教諭にゆ
だねられている。しかも,一教科 1 社の限定はなく,
単元や内容で使い分けたり,進度や発達段階に
応じて使い分けるために,同じ教科書会社が同じ
学年の教科書でも発達段階を考え,数段階に変
えてつくった教科書を使い分けたり,教師が独自
に研究してつくられたもの,大学が研究としてつく
り作り上げたものなど,教師の裁量で,クラスや個
に応じて使い分けている。当然,教科書は無償で
配布されるが,原則は学校に置いておき,状況に
応じて使用する教科書を用意するシステムになっ
ている学校がほとんどである。
また,教科書に使われる図版や写真が,学年に
よる差がなく,共通の情報をあたえ,学ぶ側に発
達段階や興味関心に即した知識を受け入れる選
択権を持たせている点が興味深い。また,教師の
がわでも,それに伴い準備する資料やプリントに,
生徒の思考や興味を高める工夫がなされている。
日本では発達段階に応じた内容が用意されてい
るが,フィンランドでは,小学校低学年でも,中学
校で使われている図版とほとんど変わらない。も
のによっては日本では高校の教科書に使われて
いるような図版であることに驚かされた。
また,小学校では,特に生物・地学に重点が置
かれていることが,教科書の厚さから推察すること
ができる。そして,その多くがフィンランドの自然に
関する内容が基になっている。理科の学習が森
につながっている。実際そこで使われている図版
はフィンランドのどこにでもある森の姿であり,
人々は,長期休業や休日を利用して,森に入る姿
が,いたる所で見られる。
今改訂に伴い,各社からデジタル教科書が併せ
て用意されるようになっており,教科書会社それ
ぞれで工夫されている。しかし,映像などは自社
オリジナルではないものを活用しているものもある。
それに対し,今回訪問した WSOY 社では,インタ
ーネットを交えたデジタルコンテンツを用意し,教
科書を導入した学校には,無償で提供,及び活
用が可能になるという。
どの教科書会社でも同様のものを用意しているこ
とは必然である。つまり,複数の会社の教科書を
採用するということは,複数のデジタルコンテンツ
を活用することが可能であり,採択した教科書会
社のデジタルコンテンツを使い分けることができる
ということである。教師が生徒のためにより有効な
デジタルコンテンツを選んで使用することにより,
より効果的な授業ができることが創造できる。今回
訪れた WSOY 社でも,自分たちの開発したものに
相当の自信を持っており,そのような状況があっ
ても仕方ないし,他社に負けないものを今後も提
供していく自信を見せていた。

4.考察と今後の課題
以上の結果から,フィンランドの理数教育と日
本との違いは,教育の段階的知的育成において,
教える側が意図的に段階をつくっていくか,常に
同じ情報の中で,学ぶ側が自分の知的レベルに
合わせて段階的に学習していける環境にあるか
の違いにあると思われる。どちらも段階的に学習
を行っていく上では,効果的であると考えるが,少
なくとも,学習に対する興味を引き出し,学習意欲
をかき立てる上では後者の方がより効果的であり,
更に,これだけマスメディアが発達した現代に於
いて,より高度の情報が手軽に得られる中で,学
校の中で学ぶことと最新の科学とのつながりをとら
えた場合, やはりより高度な情報を常に与えられ
ている方がつなげやすいと考えられる。また,何
のために理科を学習するかということである。確か
に,現代社会を支える基礎知識であることは間違
えなく,その部分では国ごとの差はないと思われ
る。しかし,その先にあるものをとらえたとき,日本
は,未来の日本であり,これからどうかわっていく
かを示唆しているように感じられるものであり,フィ
ンランドでは,あくまで今の自然を大切にすること
から新しいものが見えてくるという捉え方の違いで
あると考えられる。
 
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前夜の意識状況1 答えがないので、課題捨象
前夜の意識状況2 課題を捨象して充足収束=充足基調
前夜の意識状況3 無用となった感応観念(価値観念や規範観念)
観念捨象の実践模索では足りない=観念を必要とする地平
構造認識の現況1 否定意識や自我観念から脱却できない近代人=現代人
構造認識の現況2 特権知識階級の商売道具と化した「構造認識」
構造認識の現況3 既成観念の全的否定
思考次元1 潜在思念の実践思考
思考次元2 否定意識の倒錯思考
思考次元3 本能⇒共認⇒観念の超越思考(構造認識)
全てのネックは「答えを出せない」という一点にある
現代意識潮流と戦略ターゲット
必要意識⇒課題意識には、不全発と可能性発の二通りある!
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観念パラダイムの逆転5 現実、その下部意識と上部意識
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