国家の支配構造と私権原理
335633 奴隷制度の歴史4〜古代ギリシア・ローマの奴隷制
 
冨田彰男 ( 54 兵庫 経営管理 ) 18/05/14 AM00 【印刷用へ
『歴史と世間のウラのウラ』から「奴隷制度の歴史」を転載します。リンク

[古代ギリシャ・ローマの奴隷制]
古代ギリシア・ローマ時代は、世界史上最も奴隷制が発達した社会である。奴隷が私有化され、贈与、売買、相続の対象とされていた。さらに鉱山労働やオリーブやブドウなどの栽培に従事する労働奴隷の需要が増大するにつれて、奴隷の商品化が進んだ。ローマ帝国では1日に1万人もの奴隷が売買されていたという記録がある。奴隷の供給源は、征服された民族や戦争の捕虜のほかに、奴隷として輸入された異民族、負債を返済できない自由民、納税のため家長に売られた家族や、略取・誘拐された婦女子などであった。

【ギリシャ】
古代ギリシャ人の考え方では、労苦を伴う労働から解放されて余暇を十分にもち、世界や宇宙の観想を深める生き方が理想であった。奴隷制の発達によりポリスの市民の多くは肉体労働から開放され、そこから生れた余力を公共生活や文化活動にふり向けることができた。前5世紀におけるアテネの民主政治と学問、芸術の発展は奴隷制度によって実現したのである。

はじめは、戦争の捕虜や略奪・債務による奴隷が主であった。戦争で奴隷を手に入れるやり方でも古代ギリシャは古代ローマの先輩にあたる。後には外国人奴隷が輸入されるようになり、家内労働や大土地経営、手工業経営や鉱山の採掘に集団的に使役された。アテネには、人口の約3分の1にあたる約8万人の奴隷がいたが、その多くは異民族の奴隷であった。アテネの場合、奴隷の多くは召し使いなどの家内奴隷であったが、ラウレイオン銀山をはじめ鉱山でも大量の奴隷が使用された。その生活は当然のように最も悲惨であった。また陶器の製造をはじめとする手工業でも奴隷が使用され、市民の生活を支えた。債務奴隷も多かったが、ソロンの立法以後は禁止された。スパルタでは実に市民の10倍もの数の奴隷がいた。スパルタでは被征服民が奴隷とされ、ヘロットと呼ばれ、農業労働に従事した。

【ローマ】
古代ローマの奴隷がたびたび引き合いに出されるのは、何よりもその規模が大きかったからである。古代ローマの奴隷制は、奴隷の数が市民より数十倍も多いという驚くべき規模に達していた。古代ローマの奴隷は、主として戦争捕虜であった。奴隷は消耗品であるから補充しなければならない。ローマは奴隷補充のために戦争を行った。ローマにとっての戦争は、捕虜獲得のための重要な経済活動であったのである。ラテフンディアムと呼ばれた大農場で大量の奴隷を酷使することが古代ローマ社会の生産力の基盤であった。

戦争で捕獲奴隷が潤沢に供給でき、反抗する奴隷たちを強権で鎮圧できた時代にはそれでよかったが、奴隷捕獲のメリットよりも反抗・反乱・戦争のコストの方が大きくなるにつれ、古代ローマの生産力主体は奴隷労働からコロヌスと呼ばれる農奴的農民へと、しだいに移っていった。

ローマ人は有名なコロッセウム(円形闘技場)で奴隷に生死をかけた決闘を行わせ、それを見て楽しむという悪趣味な娯楽を好んだが、そのために養成されたのが剣闘奴隷(剣奴・剣闘士)である。

剣奴の多くは、ゲルマンやガリア、バルカンなどから連れてこられた戦争捕虜であった。彼らは猛獣と戦わされたり、仲間同士で殺し合いをさせられた。彼らにとって最も屈辱的であったのは、かっての敵の娯楽のために命をかけて戦わなければならないことであり、最もつらかったのは、自分が生きるために仲間を殺さなければならなかったことであった。それに耐えることができずに自殺した剣闘士も多かった。
スパルタクスの反乱(前73〜前71)は当時ローマを揺るがした大事件であった。
BC73年早春、カプアの剣闘士養成所で脱走を呼びかけるものがいた。その奴隷こそトラキア出身のスパルタクスであった。「見物人の慰み者になるよりは、自分たち自身のために戦おう」と説得を続け、200人が計画に荷担した。しかし、奴隷内に内通者がでたため、急遽計画を実行に移した。剣奴養成所から78人の剣奴がスパルタクスを頭として脱出し、ヴェスヴィオス山に立てこもり反乱を起こした。奴隷制度の廃止を宣言したことから、多数の逃亡奴隷や貧民も合流したのでその数は急増し、最盛期には12万人に達した。

ローマ帝国第4代皇帝クラウディウスは解放奴隷を皇帝官房に任命し官僚機構を整備した。これは、ローマの指導層にみられる奴隷の使い方の特色である。少年時代は竹馬の友、家父長になってからは主人の秘書にするというローマ独特の奴隷制度の延長であった。クラウディウスはそれを国政レベルに合わせた。官房長官ナルキッススに代表されるような解放奴隷出身者が国政や軍団の場でより重要な位置を占めることになった。

さらに皇帝ぺリティナクスはリグリア出身の解放奴隷の息子である。父は奴隷だったが解放された後、羊毛の取引で成功をおさめる。そのおかげでぺリティナクスは古典教育を受けることができた。ぺリティナクスは始めは教師を職業としていたが35歳のとき軍人に転じ、順調に昇進、ヨーク駐屯の第6ウィクトリクス軍団の司令官を経て、ゲルマニア地方での北部戦争ではマルクス・アウレリウス帝の部下として活躍した。そのときの褒賞として元老院議員に選ばれ、175年に執政官、モエシア属州総督、ダキア属州総督、180年にはシリア属州総督に就任。アフリカ属州総督を経て189年にローマ首都長官に就任した。先帝暗殺の首謀者である侍従長ラエトゥス、親衛隊長エレクトゥスの説得により帝位についた。

ディオクレティアヌス帝はダルマティア(旧ユーゴスラヴィア西部)の貧農、解放奴隷の子として生まれ、一兵卒から皇帝の親衛隊長となった。、
皇帝ヌメリアヌスが暗殺された後、ニコメディア(小アジア西北部の都市)で軍隊に推されて帝位についた。彼は広大な帝国を統治するために元の同僚のマクシミアヌスを第2の正帝に任命し、さらに2人の副帝を任命し、帝国の「四分統治」を成立させ、自らは東の正帝としてトラキア・アジア・エジプトを直轄し、さらに全帝国をも治めた。これ以後ローマ帝国では皇帝は「ドミヌス(奴隷の主人)」と呼ばれ、市民は臣民となった。

ローマの奴隷制度では、奴隷の子は奴隷とか、一生奴隷ではなく、資産さえ稼げば、それと引き換えに奴隷の身分から解放された。これを解放奴隷といい、後に政府の要職や資産家として名をはせるものも少なくなかった。また、ローマの奴隷の息子は使えている主人の息子と共に高等教育を受けることもよくあることで、将来息子が独り立ちをしたときに有能で忠誠心厚い秘書官をつくる上で有益な措置だったのである。
 
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