次代の活力源は?
314486 生き方のスタンスが刷り込まれていないか
 
匿名希望 16/04/25 AM10 【印刷用へ
「仕方なく生きている」という子供たちについて議論をした。
ここまではっきり言う子供は少ないかもしれないが、生きている意味を見出せず苦しんでいる子供は多くいるのだろう。
小学校で将来の夢を聞かれると、それは将来なりたい職業を聞かれるのがほとんどであろう。当然そんなもの持っていない子供もいる。いわゆる自己実現的な生き方が刷り込まれているとすると将来の夢など持っていない子供はなんのために生きるのか見失ってしまうことになるだろう。
一方で別の生き方もある。

以下は二つの生き方について触れた文章である。リンク


以下引用――――――――

この時、発病前に読んだ話を思い出しました。

人間の生き方には西洋の成功哲学に代表される
「目標達成型」とは別に「天命追求型」があるというのです。

天命追求型とは将来の目標に縛られることなく、
自分の周囲の人の笑顔を何よりも優先しながら、
いま、自分の置かれた環境でベストを尽くす。

それを続けていくと、天命に運ばれ、
いつしか自分では予想もしなかった高みに
到達するという考え方です。

そこでは、自分の夢だけを叶えるfor meより、
周囲に喜びや笑顔を与えるfor youの精神、
つまり志が優先されます。

私は天命追求型、目標達成型という視点で
歴史を捉えたことはありませんでしたが、
これからお話しするように、
天命追求型はまさに日本人が歴史の中で培った
素晴らしい生き方であることに、
闘病を通してようやく気づいたのです。


      * *


天命追求型に生きた歴史上の人物といえば、
豊臣秀吉はその好例でしょう。

秀吉は徳川家康、織田信長と比べて大きく違う点があります。

家康や信長が殿様を父に持つのに対し、
秀吉は農家に生まれたことです。

農民の子の秀吉が最初から天下統一を夢見たでしょうか。
通説によると、秀吉は
「侍になるために織田家の門を叩いた」
ということになっていますから、
おそらく若き日の秀吉は、
天下を取るなど考えてもいなかったに違いありません。
しかし、秀吉の人生はその夢を遙かに超えてしまうのです。

ご存じのとおり、秀吉は最初、信長に
“小者”という雑用係の立場で仕えました。

雑用係は、もちろん侍の身分ではありません。
けれども、信長が秀吉を雇い入れた時、
きっと秀吉は、農民の自分に
目をかけてもらえたことに胸を躍らせ、
心から感謝したのではないでしょうか。

だからこそ、たとえ雑用係の仕事にも
自分でできる工夫を施したのだと思います。

寒い日の朝、信長の草履を懐に入れて
温めてから出した話は有名ですが、
草履一つ出すにも喜んでもらえるようアイデアを加えたのです。

やがて足軽となってからも信長を喜ばせたい
という思いは変わらず、一層の信頼を得て侍に、
さらに侍大将、近江国・長浜城の城持ち大名へと登り詰めるのです。

私のことを振り返ると、目標達成に突っ走っていた時は、
確かに夢は叶いました。
受験勉強、就職活動、子育て、
すべてにビジョンを描き目標を立ててやってきました。

しかし、見方を変えれば夢しか叶わなかったのです。
夢を超えた現実はやってきませんでした。

では、秀吉はなぜ夢を超えることができたのでしょうか。
想像するに、秀吉は最初から天下取りなど考えず、
いつも“いま、ここ”に全力投球する生き方を
貫いたからだと思います。

自分の身の回りの人たちに
喜んでもらえることを精一杯やっていった。
その結果、周囲の応援を得て次々と人生の扉が開き、
天下人へと運ばれていったのではないでしょうか。

まさに天命追求型の人生だったのです。



引用終了―――――――



自己実現的な生き方を良しとする価値観にとらわれず、目の前のことにまっすぐ取り組んでいくという生き方である。こういった生き方もあるとわかるだけでも、生きる目標を見失った子供たちの活力を再生するのではないか。
しかし、これら二つの生き方は必ずしも矛盾するものではなく、両立可能である。また自身の大きな目標として必ずしも職業的なものを挙げる必要はない。人や社会の役に立ちたいという意識が子供たちの中でも強くなってきているとすれば、これら二つの生き方は十分両立するはずである。
夢を持つことが良いとされるのも社会がそういう潮流をつくっているに過ぎず、あくまでも生き方の一つのスタンスなのではないか。
 
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