集団の一員となることで得られる共認充足が健康状態を良好にすることが、インドの大祭に参加する巡礼者の調査によっても確認されています。
ナショナル ジオグラフィック記事より紹介します。リンク
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人が大勢集まると個人としてのアイデンティティーが失われ、人間らしい理性や道徳心まで消えてしまう―西洋ではそんなふうに考えがちだ。
「ところが実際には、人が集まることは社会にとって不可欠な営みであると、私たちの研究成果は示しています」と英国の心理学者スティーブン・ライカーは言う。「集団のなかに身を置くことで、人は自分が何者であるかを自覚し、他者との関係を構築するのです。心身ともによい影響がみられます」
自説を検証するため、ライカーは共同研究者らとインドのアラハバードへやって来た。ここは聖なるガンジス川とヤムナ川、伝説上のサラスワティ川が合流するヒンドゥー教の聖地だ。この地で沐浴をすれば、罪は洗い流され、極楽浄土に一歩近づけると信じられている。
●7000万人が巡礼する大祭「クンブメーラ」
毎年、数百万人がアラハバードに巡礼し、沐浴の儀式を行う。12年に一度、星の並びが特によいとされる年の祭りは「マハー(偉大な)・クンブメーラ」と呼ばれ、巡礼者の数は一桁増える。大群衆を迎え入れるため、ガンジス川の氾濫原には急ごしらえの巨大なテント村が出現する。2013年には56日間にわたるマハー・クンブメーラの期間中に、推定7000万人の巡礼者が訪れた。
メディアや観光客は、裸身に灰を塗りたくった聖者たちの行列に目を奪われる。だがライカーたちの興味の対象は、そうした目を引く人々ではなく、群衆に溶け込んだ普通の人々だ。
巡礼者たちの日課は夜明け前の沐浴に始まり、一日一食きりの簡素な食事と家事のほかは、祈りと詠唱に明け暮れる。彼らは聖なるガンジス川の水を飲み、沐浴する。地元当局の調べによれば、この川は下水や工場排水による汚染がひどく、飲むにも沐浴するにも適さない。
「滞在中に体調を崩したことはありませんか」。祭りに参加した70歳と65歳の夫妻に、私は尋ねてみた。夫は首を横に振った。この祭りに参加するのは12回目だが、毎回、来たときよりも良好な精神状態で家路に就くという。本人の言葉を借りれば、「神々の間で暮らす」日々が、人生のつらさを忘れさせてくれるそうだ。「心が元気になれば、体の調子もよくなりますよ」
●“私”から“私たち”へ変わる考え方
研究チームは、2011年の祭りの前後にフィールド調査を実施した。田舎の村々へ調査員を派遣し、巡礼予定者416人とその隣人127人に心身の健康状態を尋ねた。
村に残った人々は、調査期間中にこれといった変化はなかったと答えている。一方、巡礼者の回答では、健康状態に約10%の改善が認められ、痛みや息切れの軽減、不安の解消、活力の増大などが見られたという。こうしたプラスの効果は少なくとも数週間、うまくすれば数カ月にわたって持続した。
集団の一員となることで、健康状態がよくなるのはなぜだろう?
心理学者はアイデンティティーの共有がその鍵だと考えている。「“私”から“私たち”へと、考え方が変わるんです」とライカーの共同研究者ニック・ホプキンズは説明する。それまでは他人とみなしていた人々が、仲間に見えてくる。互いに支え合い、競争が協調へと変わり、一人では不可能だった目標に手が届く。そんな体験が気持ちを前向きにし、心身の回復力を高めて健やかにしてくれるのだ。
ライカーらは、これまでに宗教的な集まりや政治集会の参加者、フットボールの観衆や音楽祭の聴衆を調査してきた。「巡礼者の集団とロックコンサートの観衆では、実際にとる行動はまるで違います」とライカーは言う。「しかし、底流にある心理プロセスは同じなのです」
※ ナショナル ジオグラフィック2014年2月号特集「インドの祭りが明かす 群衆の“効能”」より抜粋
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