日本人の起源(縄文・弥生・大和)
270558 秦氏とは何か(1)
 
田野健 HP ( 52 兵庫 設計業 ) 12/11/14 PM10 【印刷用へ
渡来民の系譜を調べているが、職人集団と呼ばれ、かつ大きな政治勢力ももっていた秦氏は興味深い。水谷千秋氏「謎の渡来人 秦氏」の著書から秦氏の特徴を紹介したい。
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日本の古代において最も多くの人口と広い分布を誇る氏族はなんだろうか?多くの古代史家の見るところ、藤原氏でも蘇我氏でもなく、物部氏でも大伴氏でもない。おそらく渡来系の秦氏に違いないと言われている。

「日本古代人名辞典」著の竹内理三によれば秦氏は「殖産的氏族」と呼び、平野邦雄氏は「非貴族的・非官僚的体質を持った、著しく底辺の広大な在地的土豪氏族」であったと述べている。山尾幸久氏は「財力と労働力を提供して政治を動かしている隠然たる実力者」「黒幕的存在」と表現する。また加藤謙吉氏は「中央政界の一線で活躍する事はあまりなく、むしろ大和朝廷や律令国家の基部を支える役割を果たした氏族」であったとしている。

秦氏の本拠地は山背国(現在の京都府南部)だが、その分布は日本列島各地にわたる。彼らは農耕のみならずさまざまな産業の勃興に貢献し、殖産した。
北は上野国から南は豊前・筑後国にいたるまで。特に多かったのは遠江、伊勢など東海地方から越前・若狭など北陸地方。少ないところといえば関東以北や九州南部くらいであろうか。それ以外は極めて広範に分布する。
秦氏は5世紀後半から末頃には山背に本拠を置き、そこに古墳を築くようになる。通説ではこの時期に日本列島に渡来してきたように考えられているが、私はもう少し前―5世紀前半から中頃―に渡来し、葛城にいったん居住した後、山背に移った可能性もあるだろうと見ている。

彼らが大陸から移住してきた人々であるのは間違いないが、「日本書紀」が説くように百済から来たのか、「新選姓氏録」にあるように秦の始皇帝の子孫なのか、あるいは新羅から来たのか、確かなことはわからない。私の推測では中国の秦の遺民と称する人々を中心に、新羅、百済など朝鮮半島各地の人々も含まれていたものと考える。

彼らの人口は17万人ほどとみられ、仮に6世紀前半頃までの日本の人口を4百万人で計算してみると、全人口の約5パーセントになる。他のどの氏族より人口を持っていたらしく、それが彼らの経済力の源泉だった。
 
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