日本人と縄文体質
265081 本来の日本人が尊敬していた「食べ物という存在」
 
岸良造 ( 59 香川 技術者 ) 12/06/05 PM05 【印刷用へ
日本人が自然と共生してきた長い歴史を食文化の観点から記事にしたサイトがありました。なんと世界の民族の中で海草を消化できるのは日本人だけである事も記載されています。日本人は体質まで改善した歴史があるのです。

リンク
本来の日本人が尊敬していた「食べ物という存在」
_________________________________________________________________
海と山との隣人として

前回、お米の粒を残さず食べることを教えてきた日本人のことについて書きましたが、しかし、実は根本的な部分で、「日本人と食べもの」の関係は、世界でもほぼ唯一といっていい関係性の中にありました。

それは何か。

それは「食べる相手の個性を認識して尊重していた」という点です。

目の前に出た切り身の焼き魚を食べて、あるいは丸ごと焼かれた魚を見て、
「うまいサバだね」とか、「これはおいしそうなアジだ」と、同じような形をした多くの魚を区別して認識して食べている国民は他にほとんどいません。
魚河岸の方々や寿司職人などのプロではなくとも、誰だって、サバ、アジ、サンマ、サケ、ブリ、マグロなどは食べたり、あるいは見るだけでわかる。

切り刻まれた魚の死体の肉を見て、それが生前、誰だったかわかる。

こういうことは他の国ではあまり見られません。
中には、基本的に「魚」という区分しかしないようなところもあります。

(中略)
そして海草も食べる。
ワカメとコンブを食べ分けて・・・というより、そもそも海苔以外の海草を食べる民族は日本人以外はほぼいない上に、海苔を含む海草そのものについて、胃で消化できる酵素を持っているのも日本人だけであることがわかっています。

これは 2010年04月08日の AFP 通信の「日本人がノリを消化できる理由を発見、仏研究」という記事からです。

【日本人の腸が海草に含まれる多糖類を分解できるのは、分解酵素を作る遺伝子を腸内に住む細菌が海洋性の微生物から取り込んでいるためだとする論文が、8日の英科学誌ネイチャーに発表された。(略)このバクテリアはこれまで、日本人の排泄物からしか見つかっていない。】

名称だけの問題ではなく、体質自体が違うようです。
他のあらゆる民族は消化することができないので、基本的には食べられないのです。みそ汁に毎日のように入っているワカメや、おにぎりなどで頻繁に食べる海苔。あれを私たちは消化して、栄養さえ取り入れられる。

ゴボウ、ヤマイモ、サトイモなども食べているのは基本的には日本人だけで、古来から日本人たちは土の中や海の中の、他の人々は「食べ物として認識しなかったもの」を、本来は大事に食べていました(今は大事にしていないという意味もあります)。

もともと日本には肉食文化はなかったですが、日本の肉食文化の特異性を見るには焼き鳥屋さんに行くとわかります。動物の内臓を、レバーだハツだと名称で分類して直接食べている民族はやはりあまりないと思うのです。
(中略)
内臓ということに関しては、魚の利用はもっと多岐で、イカの塩辛はイカの身を内臓にまぶしたものだし、ウルカ(鮎)やメフン(鮭)や酒盗(カツオ)といったような、いろいろな魚の内臓は塩辛として利用して、内臓もあまり捨てなかった。

クジラの死体の利用に至っては、「動物を殺して食べる」という上での最大限の尊敬を込めて殺させてもらっていると考えても構わないほど、クジラの死体の各部位を利用し尽くしていた。

魚にしても、頭や骨をダシにつかう。
子どもの頃は、私の親は食べた後の魚の骨もストーブの上で焼いて食べていました。

日本酒や焼酎の作り方も、その多岐に渡る種類を見ても、酒を造っていた人々が、米や麦や芋に対して最大限の尊敬を持っていたことが伺えます。

しかし、いつの間にか、大量生産と大量消費の波の中で、人々は食べ物に対しての尊敬を忘れていってしまった。すなわち、「日本人ではなくなってしまった」。

日本人から「日本性」を消すために導入されたかのような大量消費と大量流通。

そんな中で、かろうじて、食べ物と日本人とのつながりを小さく支えていたのが、食べものに対しての日本語での数多くの名称だったと思います。

今、私たちは全国規模での食べ物の逼迫という状態を味わっていて、これはつらいことですが、しかし、その中で、昔の「日本人と食べ物の関係」のことを思い出して、今までのことを反省しようと私は思っています。

私はこの数十年はさんざん食べ物を粗末に食い散らかしてきました。

その傾向が突然変わるとも思えないですが、もう少し食べ物と向かい合って、彼らを意識して摂取したいと思います。

ずっと考えていた「食べることの意味」。
その全容はまだわからないですが、少しずつわかってきたような気もします。

すなわち、食べることとは「宇宙の意識と人類をつなぐための作業かもしれない」と思います。

人類はアカシックレコードのようなものから自立しましたが、他の生き物たちはそちら、つまり宇宙のほうにいるように感じます。だから、食べるという行為を通じて、宇宙の意識と人類の存在そのものを繋いでいると考えます。

そう考えると、「食べる」ということは極めて神聖な行為だと思われます。

そして、その神聖を保つためには私たちは特別なことをせず今までとおりでいいのだと思います。

ただ、今までよりもっともっと食べ物を大事にしながら。
_________________________________
 
List
  この記事は 264861 への返信です。
この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_265081
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
287521 サトイモは毒出しに最高の食べ物 三浦由衣 14/02/19 PM06
273959 2013年、和食がユネスコ世界無形文化遺産に!? アールティ 13/03/22 PM10
271526 なぜ料理カウンターは、日本にしかないのか?@ mosimobox 12/12/22 PM03
268329 知ってる人は食べない、七つの食品 西村真治 12/09/04 PM07
265827 地の果てで生き延びてきた日本人の知恵と自然崇拝 匿名希望 12/06/25 PM01

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、50年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp