藤岡さんこんにちは。子孫とも関係すると思いますので、日本古代におけるオヤについての考察を載せてみます。前文引用です。
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もとよりオヤという言葉は古代にもあり、母または母方の祖先を指していたことは、記紀万葉などの古典に明らかである。たとえば聖徳太子が路傍の死人に「親無し汝生りけめや」と呼びかけた歌が日本書紀に見られる。この歌は生みの親のことである。母と子のつながりがもっとも直接的であることから、母をオヤと呼んだのはいたって自然である。しかしオヤという言葉はイヤ(礼)とかウヤマウと関連があるとされている。尊敬すべき目上はオヤと呼ばれる資格をもつ。もともと、今日見られるような家族の両親に限ってオヤと称するいわれはなかったのである。庇護と服従とが一体となった共同体の生活をとおしてオヤとコの関係が生まれたが、それは生物的な親子関係よりも、社会的な親子関係であった。もし生物学的な親子関係が優先するとすれば、共同体は成立しがたかったであろう。圧倒的な自然の力に対抗するためにやむを得ずとった防御手段、それが共同体の結束である。その結束なしには家族も個人も直ちに飢えに直面したことはまちがいない。
谷川健一著「柳田邦男の民俗学」より引用
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>子孫という概念は、「自分の子孫」というより「自分たちの子孫」というような、ちょっと広がりのある概念だと思います。
そうみたいですね。 |
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