実現論を塗り重ねてゆく
246244 西欧だけが性を罪悪ととらえる文化であるのはなぜか@〜古代ギリシャ・ローマを西欧文化の出自としたい西洋知識人の怪しさ
 
ギニュー特戦隊 11/02/24 PM07 【印刷用へ
西欧だけが性を罪悪ととらえる文化であるのはなぜか?
一般的には、キリスト教の影響と言われています。
(「知られざる人類婚姻史と共同体社会」
キリスト教の性否定観念 〜『キリスト教とセックス戦争』より〜
リンク参照)

しかし、キリスト教の影響があるとはいえ、古代ギリシャの肉体美の賞賛とローマの快楽重視の価値観からの転換には無理があり、断層があると思われます。

そのあたりをテーマにしている論文があったので紹介していきたいと思います。

女性恐怖のドイツ的起源
−ヨーロッパ文化史の再構築に向けて
リンクより

以下抜粋引用*****************************************************
序論:ヨーロッパ全土の支配と独自文化の放棄

T.快楽敵視の起源は先史時代に求めるべきものなのか
U.古代ギリシア・ローマに快楽敵視が存在した証拠はない
V.だれもが思い出したくない空白の二百年
W.女性恐怖と快楽敵視が誕生するメカニズム

T.快楽敵視の起源は先史時代に求めるべきものなのか
〜前文省略〜

しかし、これまでヨーロッパ文明の起源を先史時代に見いだす常套手段とされてきた視点には、ひとつの落とし穴、いや、それ以上に秘密を知られたくないがための意図的なトリックが隠されているような気がしてならない。ヨーロッパの起源といえば、すぐさま古代ギリシア・ローマの伝統へ立ち戻りたがる西洋知識人をみていると、そこには妙な胡散臭さが感じられるのである。

もし彼らが主張するように、女性によって体現される快楽敵視を核とする禁欲主義の起源が本当に先史時代にあり、その伝統が、以降一貫して受け継がれてきたのだとしたら、明らかに先史時代のあとにおとずれる古代ギリシアやローマ時代における、肉体美のあれほど大らかで高らかな賞賛と、現代人をも驚嘆させるまでの日常的快楽の重視はどう説明しうるのか。

逆にいえば、肉体と快楽を敵視する面からみれば、これほどローマに似つかわしくない文化はありえないまでに厳しい禁欲が充満するヨーロッパ中世が、なぜローマ帝国のあとに生まれることができたのか。そのうえおまけに、この新たなヨーロッパ的秩序の担い手が、古代ローマのもっとも忠実な継承者であることを宣言するなどという奇妙奇天烈なことが起こりえたのか。

いや、本当のところは、資本のダイナミズムを起動させるために必要な女性的快楽とセックスへの憎悪は、むしろ、先史時代よりずっとわれわれに近い時代に、古代ギリシアやローマの地中海文明とは縁もゆかりもない場から持ち込まれたのに、その発生をめぐる真実が、今日ある西洋世界を説明するうえできわめて不都合なため、意図して曖昧にされてきたのではないだろうか。しかしもしそうだとすれば、どうしてわれわれはそれをみすみす見落としてきたのだろう。

〜途中省略〜

一般に快楽敵視の思想は、〈欲動の断念〉と〈禁欲の発見〉という文明への扉を開く鍵をなしたとされる要素と、ほぼ同等のものとして解釈されることが多い。しかしこれは、問題をいつの間にか人類に共通する広大な海へ解き放ってしまうことになる。これによって、西洋にしかみられない特性を絞り込むことが困難になってしまったことが、従来の考察の大半が犯してきた過ちであろう。

たとえばフリードリヒ・エンゲルスが「一部族の内部で無制限の性交がいとなまれ、したがって、あらゆる女が一様にあらゆる男のものであり、またあらゆる男が一様にあらゆる女のものであった」と説明する「無規律性交」の原始的状態から、人類が太古の昔に自らの性欲を抑制する術を覚え脱皮するにいたった過程は、人類を総体としてみたうえでの発展史を知るうえではたしかに重要である。

しかし、こうした禁欲をめぐる一般的兆候に目を奪われることは、西洋にしか生まれなかった資本主義の本質という、われわれが本当に捉えたいものの在処を、いつの間にか人類共通の問題へとすり替えてしまう。

われわれの関心は、単に性欲を我慢したり先送りにする術にあるのではない。セックスに関わる快楽のすべてを邪悪な罪とみなし、その根源が女性にあると決めつけることで、女性と快楽を引っくるめて恐れ憎み嫌うという、どうみても地球上で西洋にしか存在しない性格がいかにして誕生したかという、その点だけなのである。

〜途中省略〜

イギリスの宗教学者カレン・アームストロングは、そうした断固とした女性敵視の思想が生まれる源泉を、キリスト教に内在する性格に見いだしている。快楽を女性に起因する原罪と決めつけるキリスト教が西洋人の価値観をすべてにわたって規定してきたからこそ、女性恐怖と快楽敵視のメカニズムは、西洋にしかみられない特質だというのである。

「ヨーロッパとアメリカのキリスト教的世界には、セックスへの憎悪と恐怖が充満している。西洋の男たちは、セックスを邪悪なものと見なすよう教え込まれてきたため、男たちをこの危険な性的欲望の世界へと誘惑する女たちを恐れ憎んできたのである。キリスト教は西洋社会を形成してきた。そしてこのキリスト教は、世界の主要な宗教の中で、唯一セックスを憎み恐れる宗教なのである」

キリスト教そのものに、女性恐怖に基づく快楽敵視の思想が組み込まれていたとするアームストロングの洞察は、一見スムーズですんなり納得させられそうになる。しかし、はたしてこの考え方は、そのまま受けとりうるものなのだろうか。

じつは、キリスト教はローマにおいてすでにコンスタンティヌス大帝の時代から、すなわち、われわれに近い時代にたとえれば、ちょうどナポレオンの時代から一九七〇年代の性革命にいたるまでに相当する期間、すでにローマ教会すなわちローマ帝国の国教であったのである。

このよく忘れられがちな事実を考慮すれば、キリスト教そのものに最初から女性恐怖と快楽敵視の精神が組み込まれていたとするアームストロングの説は、そのままのかたちでは受けいれがたくなる。

つまり、むしろここで考慮せねばならないのは、キリスト教の教義そのものが変容した可能性である。ちょうど十六世紀初頭に、カトリック教会の性的金銭的堕落を耐え難いものとみなしたドイツ人修道士マルティン・ルターが、禁欲のさらなる厳格化に向けて、キリスト教のローマからアルプス北方地域への移管を呼びかけ、それによって近代資本主義の起点をなす宗教改革の幕が切って落とされたことを思い起こすと、それは、そもそも性や快楽に奔放な地中海文明に対してヨーロッパ北方民族が仕掛けた?初の戦いではなかったような気がしてくる。

そうではなく、じつはローマ帝国崩壊後すでに、その第一幕ともいうべき決定的な衝突が起きており、その際、新たなヨーロッパ文明の担い手のなかに本来的に組み込まれていた女性恐怖と快楽敵視の思想こそが、中世のキリスト教倫理観を形づくるうえで決定的な役を果たしたのではないだろうか。

引用ここまで****************************************************
Aへ続く
 
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