古代社会
244820 【ローマの出自5】ローマの建国を境に、2400年前頃よりエトルリアの「墓絵」が一変する。生の賛歌から闇の世界へ
 
麻丘東出 ( 50 兵庫 環境コンサルタント ) 11/01/29 PM07 【印刷用へ
ローマが共和制に移行し勢力が強くなる頃(紀元前4世紀頃)から、エトルリアの墓絵が一変する。この頃から、ローマの覇権を中心に、ギリシア、カルタゴも巻き込んだ争い(戦争)が激しくなったことが墓絵から想像できる。

以下、<「地中海の記憶 フェルナンデス・ブローデル>より転載。

ヴィッラノーヴァ文化期にあたる初期の墓は単純な竪穴で、死者の灰が入った両円推形(あるいは家屋形)の骨壷が収められていた。
まもなく至るところで土葬が行われ、それとともに細長い墓穴が現れる。
次いで、早くも紀元前7世紀には、凝灰岩を掘削した富者の墓所が現れた。---<中略>---

紀元前8世紀から5世紀にかけての墓からは、エトルリア自身ばかりでなく国際的芸術の活発で複雑な動きを示す最良の証拠が発掘されている。見つかった物品は、地中海芸術の取引の縮図であった。エジプトファイアンスの壷とお守り、象牙、フェニキアの金箔を張った銀器とガラス製品、原コリントス、コリントス、イオニア、アッティカ、ラコニア産の無数の陶器、ありとあらゆるところからやってきた香水瓶----地中海様式の全般的な変化---オリエント様式からヘレニズム様式へ、ギリシアのアルカイックスマイルから謹厳は古典様式へ、黒絵の壷から赤絵の壷へ、と漸次移っていった様式変化が、武器、鏡、三脚付き陶器、青銅の小箱、黒粘土が金属を真似た(プッケロ式土器)、ギリシア陶器のイミテーション、金銀細工、彫刻、神殿に代表される建築を通じて感じられる。エトリアル芸術が最も力強く、最も独創的であった主な時期は、紀元前7世紀および6世紀に始まり475年頃まで続く。それはオリエント趣味の宝飾品が最も美しい時代、大きな彫刻の時代、テラコッタの見事な像がウェイイでアポロン神殿の棟を飾っていた時代(紀元前6世紀末)、墓に描かれた絵が最も魅力的な(という表現がぴったりの)時代であった。---<中略>---

ヒョウの墓と呼ばれているタルクィニアの墓を例に取ろう。
最も美しいわけでもないが、保存状態が最も良いもののひとつである。階段が四角い地下室に通じている。入口向かいの壁には召使にかしずかれた三組の夫婦が歓談しながら食事を取る様子が、両サイドの壁には花咲く枝の間を(トリクリニウム(臥台))に向かって進む召使と音楽家が描かれている。会食者の頭上の破風では、この墓の名前の由来になったヒョウが二匹向かい合っている。この絵が魅力的なのは、描き手が芸術的で偉大だったからではない。事実、その絵は粗く、人物の挙措は重たく、手は優雅さにかけている。それは<トリクリニウム>の墓と呼ばれる同時代の墓に描かれた、見事な踊り手の繊細で確実な素描と、あるいは、これより50年遡る雌獅子の墓と呼ばれる墓に描かれた、激しいリズムに乗り、半裸で踊る夫婦の卓抜な動きと比べればよくわかる。
しかしそれでも、青、赤、緑、黒と大量に塗られた色彩の強烈なコントラスト、カラの水差しを振り回す召使いと会食者の間に始められようとしている芝居、ブロンド髪で明るい肌をした女性たち、黒髪の若い男性たちなど、すべてが喜びに満ち、自由闊達で、生き生きとしていることに変わりはない。---<中略>---

エジプトの墓絵もエトルリアの墓絵となるほど主題は同じだろう。だがエトルリアの墓絵は世界観がまったく違う。喜びとユーモアに溢れ、滑稽さまで感じられるのである。エトルリアの古い墓のなかには、この滑稽さが戯画的にな調子まで帯びているものがある。
エトルリアの古い墓では、いずれにおいても、冥界下りは生の賛歌であった。

紀元前4世紀あるいはそれ以前に、事態はなぜか一変する。
まず、堂々とした、ときにもったいぶったスタイルに突然変化する。
主題はギリシアの古典神話から借りているが、例えば、人食い鬼の墓にあるかの有名なウェリアの肖像のように、ときには美しい細部からの借用もあった。これと同時に、日常生活の魅力的なイメージは消え去り、生活の場面に割り込んでくる悪鬼たちが、エトルリアの神々で最も愉快なキャラクターであることを止める。そのひとりが、猛禽の嘴と長い耳を持ち、頭上で二匹のヘビが威嚇的に鎌首を上げたトゥクルである。
これよりもさらに不気味なのがカルン(ギリシア風なのは名前だけ)肉の腐ったぞっとするような蒼い顔、鉤鼻、馬のような口、最期の時を迎えた人間に喜々として死の槌を振り下ろす悪鬼である。
こうした不吉な存在は、エトルリア人の古い民間信仰の一部を成していたが、墓の壁にその姿を現したのはこのときが初めてだった。生から死への恐ろしい時期のなかで、冥界---ハデスとペルセフォネが黄泉の国の饗宴を取り仕切る、ギリシア風に表象された冥界だが、この表象の仕方自体も新しい---で再び平安と永遠の喜びを見いだすまでの耐え難い時間のなかで死者を苛むのが、この悪鬼どもである。
こうした陰鬱なイメージは紀元前4世紀に増殖する。
それはいままで物質的に幸福のなかに居たエトルリア人が打撃を受け、トスカーナの闇の帳が降りた時代であった。

【※参考:エトルリアの墓】
○4travel.jp『〜エトルリアの町〜』
リンク
○トスカーナ「進行中」In Corso d’Opera『エトルリア最古の壁絵』
リンク
 
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