● 縄文人は南方モンゴロイドの気質を温存している。
以上のモンゴロイドの歴史を踏まえて、日本人、縄文人の起源について考えてみる。
まず、注目すべきは、日本には様々なタイプの遺伝子タイプが現在も生き残っているということである。主力はD2タイプであるが、原中国人の流れを汲むO1、O2も新モンゴロイドO3もいるし、原モンゴロイドに近いC1タイプもいれば、現在のシベリアに多く存在するC3タイプもいる。まさに人種の坩堝であり、ユーラシア大陸の最東端という地理的条件もあるが、共存共栄しているそのあり様は、源郷スンダランドで形成された南方モンゴロイドの資質を強く残しているためだともいえるだろう。
また日本は動植物も生物多様性に富んでおり、南北に長く四季の変化にとんだ、その豊かな環境が、多様な民族の共存共栄を可能としているのであろう。この多様性は日本の可能性でもある。また遺伝子的に多様な人々が交わることが、より高い適応可能性に向けて変化していく可能性の基盤をなしているといい点も日本人の可能性といえるだろう。
もう少し、詳しく見ていくと、主流をなすD2タイプが縄文人の中核をなしているものと考えられる。またO1、O2タイプは倭人と呼ばれる中国南方の稲作文化を日本に持ち込んだ人たちであると考えられる。そしてO3タイプは所謂、天孫族といわれる北方騎馬民族系の人たちである。
最近では、ブリヤート人と日本人の共通遺伝子C3に注目した日本人北方起源説が注目を集めているが、この説は一面的だといわざるをえない。縄文早期にC3タイプが日本に入ってきたことは確かではあるが、縄文時代の中心勢力はD2勢力であり、彼らはモンゴル高原周りで入ってきているとはいえ、モンゴル高原に定着していた時期は温暖期であり、ほとんど北方適応することなく日本に入ってきている。従って、縄文人の主流は、南方モンゴロイド気質であるといっていいだろう。(尚、北方起源説を補強している母方のGm遺伝子分析についてはその信頼性が低く、注意が必要である。)
尚、日本には非常に少ないながらも、Nタイプ及びC1タイプが存在し、このタイプの多いところと後述する徐福伝説の伝承地が近似していることから、徐福伝説との関係性も注目されるところであるが、継続追求課題としたい。またアイヌについても同様に継続追求課題とする。 |
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