哺乳類や真猿が、一般に娘残留(息子巣離れ)の母系集団を形成するのに対して、チンパンジーの息子が残留(娘が巣離れ)する父系集団は、極めて特異です。
チンパンジーが若雄(生まれた時から一緒に育ってきた息子たち)を残留させた根本理由が、大型化途上での激しい種間闘争・同類闘争にあることは、既に「種間闘争→大型化の矛盾と特殊解」(前史サル時代1985)で明らかにした通りです。従って残された問題は、雄たちが発情した娘たちを性的に対象化しない(そうなると、性的存在たる若雌は、必然的に、性的に対象化してくれる雄を求めて他の群れに出てゆくことになる)理由です。
その原因は、チンパンジーには大きな集団=縄張りを形成する必要があり、その結果、数頭のグループで縄張り内を巡回することになるので首雄の目が届かなくなり、必然的に乱婚化していった所に求められると思われます。乱婚化とは、規範によって律されない性市場が出現した事を意味します。しかし、人類の「文明時代」と違って、ここでは常に雄よりも雌の方が数割も多く居ます。従って、雄間の性闘争と同じくらい強く、雌間には性競争(性機能を巡る競争)の圧力が働きます。それが、雄たちの性的期待の強さと相まって、雌たちが年中発情するまでに著しく性機能を発達させていった究極の理由でもあります。
さて、この性市場=性機能競争の空間では、(云わばオス間の闘争序列と並行的に)メス間に性評価序列が形成されますが、高度に共認機能を進化させたチンパンジー社会では、オス・メス共にこの序列評価は(同類闘争の最中を除けば)最大の関心事であっただろうと考えられます。ところが、若メスたちはこの評価序列の空間において、番外の位置に居ます。そして、この番外視を決定的なものにしているのが子供視です。
実際、雄たちは若雌たちを生まれた時から7〜8年に亘ってついこの前まで子供視してきました。それを発情期に達したからと云って、急にメス視することは出来ません。若雌の方も、ついこの前まで自分を子供視してきた雄たちに対して、急に子供としての振る舞いを止めて全面的にメスとして振る舞うのは困難です。しかし、他の群れの(子供の自分を知らない)雄たちに対してなら、全面的にメスとして振る舞い、自らの性的存在理由を完全に充たすことが出来ます。それが、チンパンジーにおける娘移籍の全てではないでしょうか。(なおここでも「当然の如く、出てゆく」基本形は貫徹されている、と見る事が出来ます。)
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