環境破壊
206045 環境運動は市場と同じ「騙し」でつくられている
 
村上祥典 ( 40歳代 島根 電気設計 ) 09/05/08 AM11 【印刷用へ
>にも拘らず、(新しい思想を構築しようとはしないで)「運動」を存続させようとすれば、身近で具体的な運動目標を結集軸にするしかなく、(もともとが体制と同じ思想に立脚しているので)身近な運動目標に埋没すればするほど体制に絡め取られて、体制の補完物になってゆく。<9050

環境運動が体制の補完物になっているという視点は、この投稿から8年たった現在、多くの人達が気づき始めている。

以下、「読書と夕食」リンクより転送。

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武田 邦彦、2008、『偽善エコロジー:「環境生活」が地球を破壊する』、幻冬舎 (幻冬舎新書)
本書を読むと、最近の環境対策のほとんどが、利権に絡んでいて、市民の努力が一部の経済的向上に寄与することになることが、理解できる。本書を読んで宗旨替えしたという訳ではないが、わたしは、これまで、温暖化対策の問題は経済の問題だと言ってきたが、言い換えることにしようと思う。これらは、環境「利権」である。経済という言葉を使ったのは、現代社会においては環境問題についての対策は経済をおいては考えられないと言う意味であったのだが、さらに踏み込んで「利権」というほかはないだろう。

特に行政が環境問題を取り上げるとき、それは、利権である。数年後に名古屋を舞台にCOP10が開かれるようだがこれまた、環境問題対策に名を借りた利権のうごめく世界なんだろうなということが想像ができる。名古屋市域のスーパーがレジ袋有料化を実現し、分別ゴミ対策の実施は自治体の中では着手が早かったように思う。そうした意味で、名古屋は環境都市、だから、国際会議を誘致、同時に、それは、前市長の業績、果たしてそのようなものなのか。

本書を読むと、レジ袋有料化が何を生み、分別ゴミ対策がどのような成果をうむのか、はっきりいって、市民をだますのはいい加減にした方がいいと思えてくる。

もちろん、著者の根拠がどの程度正確か、その点は、保留するとしても、私には、挙証責任は政策を実行し、効果を上げている自治体自身が、成果を公表する責任があるとおもう。その公表内容は、たとえば、レジ袋有料化の前後で分別ゴミ処理がどのように変化したのか。また、レジ袋や買い物袋の生産において、石油資源を過不足どのように帳尻がとれたのか、また、スーパー側はレジ袋の有料化によってどのように収益を上げ、買い物袋の販売はどのようなものであったのか。こうした点が、明確にされる必要があろう。

また、こまごまある環境対策、たとえば、割り箸やペットボトル、分別ゴミのそれぞれの処理方法と波及する様々な問題をトータルに分析することが必要であろう。税金という公金を使い、対策を講じる行政の積極的な取り組みの成果を、明確に示すこと、これが重要であろう。はたして、示されているのだろうか。そして、それは、たんなる産業振興政策と同義ではないのかあ。
同時に、自治体だけの問題だけではなく、市民自身は、それを知ろうとしているのだろうか。長いものに巻かれろ、お上の言うことは正しいだろう、というのは、これからの未来を考えるとは通らないだろう。

本書は、様々な意味で問題的がおこなわれていて、非常に考えさせられた。読むべし!環境運動家もまた、運動内容の再考を迫られている。

(以上、転送)
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運動内容の再考とは、9050によれば、市場社会を成長させてきた近代思想から脱却し、既存の枠を超えて、新しい思想(理論)を構築することである。

その第一歩として、経済成長とそれを後押しする近代思想を前提とした現在の環境運動が、市場と同じ「騙し」で成立していることを、私達は理解すべきであろう。
この意識を変えない限り環境問題は永遠に解決しない。
 
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