日本人と縄文体質
194521 古墳に副葬された武器の変遷1
 
yuyu 08/12/10 PM05 【印刷用へ
 
古墳時代に、戦争はあったのか? その痕跡を調べる上で、今回は、その多くが古墳の副葬品として埋葬されている、副葬品として発見された武器を中心に、各時代ごとのその変遷を紹介してみたいと思います。

参考、引用にさせていただいた書籍は、「日本列島の戦争と初期国家形成」松本武彦著です。

上記書籍では、古墳時代の武器の変遷過程を押さえる上で、時間軸としての区分を、小区分として12段階に区分し、それを歴史的評価とつながる前期、中期、後期の3大区分にて考えています。

まずは、各期段階毎のトピックの抜粋、要約の紹介です。


■前期(1〜4期)

○1期(3世紀中葉)

定型化した前方後円墳丘の出現、長大な木管と竪穴式石室の確立、三角縁神獣鏡を主体とする中国鏡群の副葬開始で画期づけられる段階。

武装としては、弥生時代後期以来の衝撃武器(短兵)+投射武器という形に、長兵の衝撃武器であるヤリが加わり始めた構成が基本であると考えられる。

高位有力者の埋葬品には中国系譜の舶載品として倭に持ち込まれた可能性の高い武器が出現しており、高位有力者の身を飾る威儀具的性格のものと想定できる。

鏃に宝器的な色彩を強める方向で発達し副葬されたものが顕在化する。
朝鮮半島の鏃の大部分が実践的機能を強める方向で発達したのと対照的。

葬送儀礼における有力者の武器発現の形が、宝飾的ないし儀仗具的な武器によるシンボリックな方向をとり始めたことが特徴といえる。


○2期(3世紀後葉)

埴輪の様式や、碧玉製品、鏡などの列島固有の威信財的器物が近畿中央部を中心として創出され始める。

武器様式は1期と大きく変わらず、投射武器の弓矢が加わる構成が基本。

青銅製のより規格的な有稜系鏃に代表される、列島独自のシンボリックな武器が、鏡や碧玉製品とともに威信財的な色彩を帯びた器物としてますます顕在化し、朝鮮半島の武器との対比において、列島の独自性がより鮮やかになる。


○3期(4世紀前葉)

倣製の三角縁神獣鏡の制作が開始されるなど、列島内部の威信財的な器物の構成に大きな変化が生じる時期。硬化・粗製化・画一化・大量化というパターンが顕現する。

武器様式は基本構成は2期とは大きく変わらないが、上位の有力者を中心に、鉄製単甲の着用が始まる。青銅製と碧玉製の有稜系鏃が盛行を極める一方で、鉄製の実用的武装の充実が副葬儀礼に反映され始める。


○4期(4世紀中葉)

碧玉、メノウ、水晶といった各種材料の勾玉と滑石製品の出現をおもな指標とする。

碧玉製有稜系鏃等の飾り矢の衰退とともに、実用的な細根系の鉄鏃が副葬品の比重を増すという前段階以来の傾向が続く。

武器様式は前の時期から大きな変化はないが、集団の実用的武装が副葬行為として色濃く反映されるという前期からの趨勢の延長上に位置づけられ、宝飾系武器の衰退で実用的武器の副葬行為がますます明白となった。


■中期(5〜8期)

○5期(4世紀後葉)
長方板皮綴単甲、三角板革綴短甲という新型式の短甲2型式の出現を持って、5期の開始とする。この段階から武器を豊富に副葬する事例が急増する。
鏃の変化も大きく、青銅製の有稜系鏃は一部に残るのみで、ほぼ完全に朝鮮半島の鉄鏃を祖型とする細根系鉄鏃を主体とする埋葬が現れる。

武器様式は衝撃武器の主体が長刀・長剣という長い刀剣類になり、長兵の主流もやりから矛へと変わり始めるという構成上の大きな変化が見られる。鉄やじりも、より厚手・強靭で貫通力の優れたものに刷新される。武器様式の変化には朝鮮半島南部の影響が極めて大きいと予想される。


○6期(4世紀末〜5世紀初頭)

三角縁神獣鏡や倣製の大型鏡、碧玉製品など威信財的器物が、ごく少数の例外を除いてほぼ途絶する。

武器様式は5期に現れたあたらしい様式の発展期と位置づけられ、衝撃武器の主流は、完全に長刀・長剣となり、長兵は矛が中心的な位置を占める。また、かろうじて細々と残っていた有稜系の銅鏃はこの時期を最後に完全に消滅し、矢尻は鉄鏃のみとなる。


○7期(5世紀前葉)

定型化した最初の須恵器であるTK73型式の段階あたる。初期の馬具が登場する。

武器様式は、衝撃武器の主体が短兵の長刀に一元化される傾向がみられる。鉄鏃は機能的な発展よりも新たなシンボリズムに基づく意匠の発達が見られる。甲冑は朝鮮半島から伝播した鋲止技法や挂甲等、新たな技法、スタイルのものが登場する。また馬具の出現とあいまって武器の階層差が顕在化し始めた可能性がある。


○8期(5世紀中葉)

鉄鏃である長頸鏃の確立によって画期づけられる時期。これ以降、中近世に至るまで日本列島の実用鉄鏃の基本形となっていく。

個人使用を超えた多数の甲冑が副葬・埋葬され、甲冑の生産がピークを迎え、相当に一般的な戦士の階層にまで鉄製甲冑が行き渡った状況が伺える。

武器様式は7期の構成と変わらず、機能的な面で武器様式の発達が進んだ。

(続く)
 
 
List
  この記事は 193130 への返信です。
この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_194521
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
196235 弥生時代の武器の変遷1 弥生時代早期〜前期前半 yuyu 09/01/01 AM08
194523 古墳に副葬された武器の変遷2 yuyu 08/12/10 PM05

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
新しい潮流7 同類圧力は、新しい認識によって生み出される
新しい潮流8 現実を対象化するための概念装置
新しい潮流10 外向仲間収束は、観客から協働者への移行の土台となる
新しい潮流11 外向仲間の拠点(収束核)が、認識形成サイトである
新しい潮流12 外向仲間の本質は認識仲間である
新しい潮流13 認識仲間の実現基盤
新しい潮流14 社会空間における本源共認の実現形態
認識形成サイト1 認識仲間の演場となる拠点サイト
認識形成サイト2 単なる共鳴・伝播と参加・協働の違い
認識形成サイト4 市場原理の観客読者と本源原理の協働読者
発信欠乏は、喉元まで出かかっている
認識の営業は、相手を選ばない
対象は、ネットに馴染んでいない普通の人々
認識営業の『まつり場』こそ、『原初の社会』である
新しい社会の原基構造
認識を伝えた相手にも、同じ充足感を味わってもらう
認識営業の条件:対象はあくまでも新しい相手
私達は「気付き」始めた
本当にどんどん広がってる!
新たな世代間対立の始まり
みんな期待に応える場では、全員が供給者=需要者
サークルの引力と交流会の引力
バラバラだった社会現象が、交流会では繋がっていく
心斎橋(アーケード)路店でA
心斎橋(アーケード)路店でB
心斎橋(アーケード)路店でC
「次は、路上の時代になる!」と言い切った、その女の子。
共認運動の最前線(なんでや露店)と後方基地(なんでや勉強店)1
勉強って、こんなにも面白いものだったとは!
なんでだろう?を超えてしまった高校生
おばちゃんの表情に見る社会不全の表出
なんで屋さんはなんでも屋になれる
否定を超えて可能性基盤へ 
大衆の言葉の変化もプラス思考で
発信するために、受信する
ツイッターで、ひたすら皆の役に立つ事実を伝える。自らが媒体になりきる。

『るいネット』は、50年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp