日本人の起源(縄文・弥生・大和)
190426 図解 天皇系譜の勢力争い(〜800年)
 
田野健 HP ( 48 兵庫 設計業 ) 08/10/23 AM08 【印刷用へ
100年〜800年までの天皇系譜の大きな流れを図解で描いてみた
 
大きな流れとしては以下のようなストーリーになる。
 継体天皇までは豪族間で天皇が持ちまわりになっていた。この頃はまだ天皇とは呼ばれておらず、大和の豪族の首長という位置づけ程度。
 継体から実権が蘇我氏に移行してから実質上の中央集権の体勢が作られた。この頃から天皇=国王という色彩が強くなり、実質は蘇我氏が実権を握ろうとしていた。百済がこの時期に国家崩壊し、大量に渡来した百済人主力が蘇我を乗っ取る形で天智系百済勢力が王権に就く。新羅系も黙っておらず、天武を睨み役で天皇家に送り込むと数年で国内の新羅系勢力を結集して王権を奪回する。
 天武亡き後は持統天皇・不比等の力で再び百済系に戻す。唐や新羅との外交を考慮して実質完全に天武新羅系を天皇系から排除したのは天武亡き後100年後であった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー

(100年〜200年)
       大量渡来人      ←(第2波)―  倭国大乱で
     出雲、大和に王国 ・・・新羅系、百済系が日本へ大量漂着
     出雲・尾張は新羅?百済は奈良・河内?
                            ↓
          ↓             新羅、百済建国
(300年〜500年)古墳時代                ↓
豪族支配(大王の持ち回り〜葛城が支配) ←→  百済・任那と連携
     力関係:豪族>天皇              |
  天皇は新羅と百済の持ち回り?実質は葛城?        
          ↓                  |
         葛城の衰退         任那が新羅に併合
          |
(500年代)    物部の登場              |
継体天皇〜任那王本人?(物部が担ぎ出す)   ←王が任那から逃亡?

(600年代)    ↓                  |
蘇我VS物部⇒蘇我の勢力 豪族>天皇          ↓

(630年)     ↓ 蘇我は高句麗?       百済の背走
百済から天智勢力がヤマトへ到着   ←         ↓ 
(蘇我排除→蘇我暗殺)              百済領土失う
          ↓                 ↓
百済勢力による巻き返し    ←(第3派) 百済が全面的にヤマトへ
          ↓          (白村江の戦い 敗北)

(660年代)                      ↓
      新羅から天武到着    ←  新羅と唐の圧力がヤマトへ

(680年)     ↓                  |
壬申の乱→天武(新羅)の国家支配?統合 (天皇>豪族)
       百済勢力⇒新羅勢力へ 百済豪族支配⇒天皇制の確立へ
         |  古事記の必要性(国内統合)
         ↓書紀も同時に編纂指示(存命中は完成しない)
(693年)
持統による巻き返し(不比等の登場)新羅勢力⇒百済勢力へ逆転
(720年)     ↓                  |
日本書紀 天武を組み込んで歴史書として唐へ伝える    
(表向きは天武命、実質は=不比等と持統が作った)    | 
            (古事記は処分)  → 唐・新羅の圧力強大
         ↓                 
(780年)新羅系を根絶やしにし桓武天皇紀にようやく
    晴れて天武系→天智系へ⇒百済一系の「新撰姓氏録」を世に出す
         ↓
(812年)新撰姓氏録に異を唱えたオホ氏により古事記に
    序文が加えられ世に出る 
    序文に712年天武天皇〜天明天皇によって作られたと書かれる。
    天武系は地下に潜る?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
以上はまだ仮説の段階です。
書紀と古事記の関係はまだまだ間を埋める根拠を探していきますが
一旦考える上でのたたき台として提起しておきます。
いずれにしても古事記・書紀は勢力争いの道具として使われたようです。
しかし武力に拠らず、例え捏造であっても歴史書によって勢力争いに決着を付けるあたりは既に日本という国の特徴(共認で物事が動く)を渡来人自ら察知していたように思います。
 
List
  この記事は 189744 への返信です。
この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_190426
  ※トラックバックは承認制となっています。

 この記事に対する返信とトラックバック
199845 万世一系の天皇制システム@〜源流は匈奴 衛藤信義 09/02/16 AM11
なぜ天皇が確立されたのか? 「縄文と古代文明を探求しよう!」 08/11/20 PM09
192432 古代の王朝交替 阿部佳容子 08/11/16 PM06
192415 7世紀東アジア情勢と乙巳の変・大化の改新 井上宏 08/11/16 PM01
大化の改新の偽り(その1) 〜蘇我氏悪玉説への疑問〜 「縄文と古代文明を探求しよう!」 08/11/08 PM07
騎馬民族は来たのか??騎馬民族系王朝による日本征服説の骨子 「共同体社会と人類婚姻史」 08/11/07 PM06
190951 継体天皇の謎について2 yuyu 08/10/29 PM04
190930 継体天皇の謎について1 yuyu 08/10/29 AM11
190774 負組渡来人が日本に終着した。 田野健 08/10/27 AM01
190613 渡来人の動きと国内勢力@(紀元前5世紀〜6世紀) 田野健 08/10/25 AM09

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、50年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp