共同体社会の実現
170116 必要か否かの判断とお金の使い道
 
08/02/01 AM01 【印刷用へ
最近は音楽などもネット上で1曲づつダウンロードして、購入していると聞いた。
旧い世代として、思い浮かぶのは、「まるで醤油やソースの切り売りのようだ」ということだ。
昔のように、必要な量だけ入手するという購買方法となってきているのだ。
一昔前のアルバムのように、セット料金ではなく、聞きたい曲をダイレクトに評価できるシステムだと思う。

考えてみれば、様々な情報メディアは、CDなどの物的な媒体から開放されつつある。
映画(DVD)や書籍なども例外ではないようだ。
さらに、情報量に応じて課金するシステムは携帯サイトの世界では当たり前になりつつある。
まさに、誰もが、必要な情報に無駄なくアクセス可能なインフラが整いつつある状況だ。

もちろん、「様々な認識」もHPやブログなど様々なサイトで自由に閲覧できる状況となっている。
しかし、無料なのがほとんどである。
情報発信者が、趣味でやっているケースが大部分だからだ。

それでも、サイト上ではその評価は、訪問してくれる人数が指標となっている。

つまり、サイト上では必要か否かの判断を下すシステムは整っている。また、その評価指標も共認されている。

認識形成サイトが祭り場として充分に機能していないのは、何故か?

「お金は必要度を量る物差しである」という、お金に対する認識がまだまだ充分に浸透していないのではないか?
お金は「私権価値」を量るものと言う私権時代のイメージが拭えずに居る人々が、まだまだ多数を占めているのではないかと思う。
故に、必要度は「自分にとって」必要かどうかが判断に引っ張られて、なかなか社会にとっての有用なお金の使い方へと向かえないで居るのだと思う。
皆が、社会にとって必要なものに、その評価としてお金を使うようになれば、認識形成サイトの必要度も変わるのではないか思う。
 
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