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認識の創発性 |
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吉国幹雄 ( 48 鹿児島 講師 ) |
01/11/13 PM00 【】 |
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本田さんこんにちは、お久しぶりです。人類の「認識進化(深化)」に繋がるテーマかと思います。
個と集団の関係は、「情報の階層」でも触れたのですが…。下の階層の個々の情報の揺れ(自由度)と上の階層の拘束の強さから進化適応していく(創発的秩序収束していく)と私も思います。
人類においても、本田さんの言われるように、基本的には各個体が未明問題に関してさまざまな突破口を考え、そしてそれが集団の中で評価されて集団の共認事項として収斂されることになるのだと思います。(ただし、それは個体の置かれる上と下からの情報の場の拘束を受ける。だから現代の構造的なパラダイム転換はきわめて難しい…。今だかつて、そのようなパラダイムシフトは経験したことがないから…)
当然個体の能力ヒエラルキーがあり、選りすぐれた認識力の高い可能性のある意見に集団が統合されていく。その結果皆が同じ意見になるということですが…。
私は、結果として価値や規範が一つに収斂していくのは、集団が特に危機突破を図る上では当然であると思います。集団を一つの階層(生命体)と捉えれば、危機状況(外圧)が強い場合は、可能性に向かって生命体が一気に走らなければ滅亡するでしょうから。
ただ、ここで認識機能が生命体(共認集団)の進化戦略上の機能として存在適応するためには、次の点を付記すべきではないかと思います。個の単純なΣが集団ではないという意味や、集団を単位として進化の主体と捕らえた方がよいというのは、複雑系である生命体が創発的秩序能力をもつ所以であると思います。従って、最先端機能の観念機能における認識も、そのような創発性を持っているのではないでしょうか。
つまり、個人の認識がいろいろ出されて、もちろんその能力ヒエラルキーの中で選りすぐれた認識に収斂されていくが、しかしそれは有力な個人の認識からもう一段階上の認識となっていると考えられます。だから、そのような創発性を認識が持つゆえに、個体の認識機能と集団の認識機能が、集団の進化適応する機能として存在できるのだと思います。つまり、個人の認識を集めて淘汰し生き残ったものが集団の認識になるのではなく、個人の認識を集め(淘汰し)て、新たなるもう一段階上の可能性を開く認識が集団に生まれるのだと思います。【進化適応における認識の創発性】
また、人類は共認機能では突破できないがゆえに観念機能を先端機能として作り出しました。そして、我々が意見を言う(認識を述べる)時はこの観念を使っています。しかし、脳回路的には共認機能の上に観念機能が塗り重ねられているわけです。だから、共認機能を踏まえない観念だけの認識は極めて貧弱であり、固定観念に縛られる危険性があります。だから、選りすぐれた観念は共認機能をフルに働かせた中で生まれるという構造を持ちます。皆が集まって意見を出すという共認空間の中でこそ、それが活力源となって新たなる突破口を開く認識(意見)を生み出す可能性が開けるのではないでしょうか。【共認を踏まえた認識の創発性】
この認識の創発性に付随して…。能力ヒエラルキーの高さと質は、参加する皆(個々人)によって決定されるのであって、能力の高い者だけが決定するわけではないと考えられます。能力ヒエラルキー(場)の創発性の強さが、また更なるヒエラルキーを形成するということもできます。これが、「場が認識を規定する」ということのもう一つの側面だと思います。 |
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