素人による創造
155880 歪んだ思考の司法の世界
 
center_axis 07/07/02 PM04 【印刷用へ
7245私権時代の歪んだ思考(主張・説得・議論)」岡田氏
>●ところが、この倒錯観念が人々を強く収束させた支配観念となった以上、現実の私権闘争や身分確保の為には、この倒錯観念を巧みに操って己の私益を正当化した方が有利である(私権時代初期の神権政治が、既にそれを象徴している)。かくして、主張や説得や議論が(統合階級を中心に)不可欠になる。

 現代において上記の究極の姿が司法の世界だといえる。その司法の世界では日々、何がおこなわれているのか。
------------------------------------------------------------------○民事訴訟
民事訴訟は弁論主義に基づいており、民事訴訟法第247条では、事実の認定について、裁判官は、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断するとし(自由心証主義)、証拠の採用・事実の認定について、裁判官に広範な裁量を認めている。

したがって、民事訴訟においては、比較的確度の低い証拠であっても、裁判官の自由な心証により、証拠として採用し、判決における法的な判断の基礎とされることがある。例えば、事後的に作成された陳述書や伝聞証拠等であっても、理論的には裁判官の心証次第で証拠として採用されうる。同時にこれは、たとえ確度の高い証拠であっても、裁判官の心証次第で、証拠として採用されない可能性があることも意味する。
(出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』)
              ◆
「リーガルマインドを獲得するために」梓澤和幸氏より抜粋引用(リンク
○もう一人は、60歳まで裁判所づとめを終えた、もと書記官の話。
「こうも見えればああもみえるというように、心証を揺らしてゆくということはないですか」 と手を波間にゆらすような動作で聞くと、いやそんなことをやっていたら裁判官は死んでしまいますよ、というのである。
  なるほど、大体のところで筋をきめると、あとは、それに都合のよいように証拠を集めてゆくということらしい。そして、それに合わない証拠や主張はうるさがってみようとしないのである。

○一人の裁判官が200件から300件の担当事件をもつ。名前、顔を一致させよと言うのは酷だ。しかも、一月に20件から30件の新件がまわってくる。それより多く事件がカイケツつしなければ、事件はたまる一方である。
  月に5件は落とさねばならぬ。落とすとは終わらせることだ。どうやっておとすか。和解してくれればありがたい。
  和解をどうやってやるかはよく話されていることなので、ここでは判決をどう書くのかにふれよう。どう書くのかとはどう審理を進めるかなのである。

  そこで早く仮説を立てるという話になる。訴状と答弁書で検討をつけるのである。審理計画をたてるというと聞こえはよいが、どっちが勝ちと早くみきわめをつけてしまうのである。

○インテリはある物語にであうと、あらかじめ自分がたてた貧しい仮説にあわせて、それを理解しようとする。しかし、仮説というのは取材によって壊されてこそ仮説なのだ。壊されなければ取材が不足とされ。現場に入ると、自らの貧弱な予測よりも豊かな現実が仮説を破壊してくれるだろう。
  現実が準備の段階でたてたイメージとちがって見え始めたとき、はじめて君は事実の入り口にたったのだ。裁判官たちの仮説は、じぶんたちの経験の一面性についての謙虚さにかけると私は思う。
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 つまり、事実や証拠に基づいて判決がなされるというよりは限られた時間と資料(訴訟書面や証拠書類)、そして限られた裁判官本人の知識(その背後にあるのは倒錯観念群=権利概念)によって、形成される「心証(心の中の印象や確証)」によって判断される。よって、「消費者は弱者、企業は強者で利益至上主義」のような価値観も当然影響している。

 まさに歪んだ思考の代表だと言える。問題なのは、その歪んだ思考が判決によって現実に対する法的圧力を持つ。その結果、現実がさらに歪んでしまうことだといえる。
 
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