暴走する悪徳エリートの所業
155743 「メディア不信」と情報を請求する権利
 
猛獣王S ( 30代 東京 営業 ) 07/06/30 PM08 【印刷用へ
『「メディア不信」と情報を請求する権利』(花・髪切と思考の浮游空間)リンクより転載します。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
メディアが右からも左からも批判を受けています。あるいは、権力と市民からの厳しい批判にメディアはさらされているともいえるでしょう。

当ブログへのアクセスの推移をみてみると、1月に公開した「納豆ダイエット捏造番組にみるマスメディア」へ一定のアクセスがいまでも続いています。この記事では、もちろん番組「発掘! あるある大事典U」の捏造について言及したものでしたが、この捏造に限らず、今日共通する報道のあり方、そしてそれを生み出す構造などに少しふれました。アクセスが続いているということは、読者の皆さんがさまざまな立場から今日のメディアのあり方を考えておられて、どのように報道に接していくのか、模索されているのではないか、と推測するのです。

弁護士の梓澤和幸氏は、つぎのようにのべています。
>ジャーナリズムの本来の役割は、権力監視であり、人間の社会環境の監視です。民主主義社会の権力とは、議会の多数派、市民や住民の多数派によって支えられた権力です。ジャーナリズムが、真摯にその使命を達成しようとすると、少数者が切実に必要とする真実、多数派によって隠蔽された真実を明らかにすることになります。それはときとして、多数派のもつ理念、意思、感情と、矛盾や衝突を来すことになりますし、それを貫いてゆけば、多数派の読者、視聴者によって好まれることにはならないでしょう。それでもあえて本来の役割を貫く覚悟がメディアの経営者たちに求められているのです。(『報道被害』198−199頁)

この立場にたって考えると、私たち市民に求められているのは、みずからの社会と運命をえらびとっていく主体として権力や社会環境などあらゆる分野への関心を高め、報道と取材に反映させていく力をつけることになるでしょう。しかし、そうした場合、為政者のもつ情報と市民の知る情報の間に大きな差が現実にあるという問題を避けることはできない。この差を埋めるために、メディアがあるのではないでしょうか。それを担保するために表現の自由が存在しないといけないのでしょう。

社会と私たち自身の将来を私たちがえらびとるための機会の一つが選挙です。ところが、選挙を前にしてメディアの報道は、はたしてどうでしょうか。新聞記事も、TV番組も、まるで二大政党の選択しかないかのような編成だと私は受け止めるのです。えらびとるためには、メディアと政府にたいして市民の側は積極的に必要な情報を請求する権利がある、というとらえ方に立たざるをえないでしょう。自らの社会と運命をたとえば二大政党への選択に賭けようと、賭けまいと、選びとるに足る情報が獲得できる現状にないことをまず問わねばなりません。現状はむしろ、意見形成について著しい干渉を受けている、と思えてならないのです。極論すれば情報の操作の中に私たちはある。そこにも、メディア不信があるのです。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

>…「国家権力や資本権力に対して知る手段を持たない大衆に代わって、報道機関が報道する必要がある」としても、それはあくまでも報道機関が客観性及び中立性を保持した記事を掲載した場合にのみ、主張できるのであって、報道機関が中立性を欠いた記事あるいは事実に反する記事を掲載した場合、それは、「国民の知る権利」を著しく踏みにじる行為となる。国民の「知る権利」を踏みにじっておきながら「国民の知る権利」を主張するなど、笑止千万であろう。(「国民の「知る権利」を踏みにじる捏造報道」152311

今や、一般大衆の中でこのようなマスコミ不信の声が大きくなっている(顕在化してきている)ことを実感できる。
 
List
  この記事は 152311 ブログ への返信です。
この記事に対するトラックバックURL  http://www.rui.jp/tb/tb.php/msg_155743
  ※トラックバックは承認制となっています。

[過去の記事へ]
[一覧へ戻る] [新しい記事へ]


◆実現論本文を公開しています。
 実現論 : 序  文
 第一部 : 前  史
 第二部 : 私権時代
 第三部 : 市場時代
 第四部 : 場の転換
 参考文献

 必読記事一覧
01 02 03 04 05 06 07 08 09 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 21 22 23 24 25 26 27 28
大転換期の予感と事実の追求
実現論の形成過程
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(1)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(2)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(3)
自考のススメ1.未知なる世界への収束と自考(4)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(1)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(2)
自考のススメ2.現代の不整合な世界(問題事象)(3)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(1)
自考のススメ3.自考力の時代⇒「少年よ、大志を抱け」(2)
1.これから生き残る企業に求められる能力は?
2.私権圧力と過剰刺激が物欲を肥大させた
3.市場の縮小と根源回帰の大潮流
4.共認回帰による活力の再生→共認収束の大潮流
5.自我と遊びを終息させた’02年の収束不全
6.同類探索の引力が、期応収束を課題収束に上昇させた
7.情報中毒による追求力の異常な低下とその突破口
8.大衆支配のための観念と、観念支配による滅亡の危機
9.新理論が登場してこない理由1 近代観念は共認収束に蓋をする閉塞の元凶となった
10.新理論が登場してこない理由2 専門家は根本追求に向かえない
11.学校教育とマスコミによる徹底した観念支配と、その突破口(否定の論理から実現の論理への転換)
12.理論収束の実現基盤と突破口(必要なのは、実現構造を読み解く史的実現論)
近代思想が招いた市場社会の崩壊の危機
新理論を生み出すのは、専門家ではない普通の生産者
現実に社会を動かしてきた中核勢力
私権時代から共認時代への大転換
市民運動という騙し(社会運動が社会を変えられなかった理由)
民主主義という騙し:民主主義は自我の暴走装置である
統合階級の暴走で失われた40年
大衆に逆行して、偽ニッチの罠に嵌った試験エリートたち
新理論の構築をどう進めてゆくか

『るいネット』は、48年の実績を持つ起業家集団・類グループが管理・運営しています。るいネットワーク事務局(Tel:0120-408-333, E-mail:member@rui.ne.jp