マスコミの最大の役割は“国民の知る権利”への奉仕にあるといわれている。また逆にこの“国民の知る権利”を盾にマスコミは現在の地位を築いてきた。
ではそもそもこの“国民の知る権利”とは、いったい何なのか?
“国民の知る権利”とは一般的に憲法で保障される“表現の自由”から派生する概念で、当該権利には大きく二つの側面がある。
1.国民が国家の妨害を受けずに、自由に情報を置け取る権利(消極的側面)
2.国などに対して情報提供を求める権利(積極的側面)
1.は仮に表現の自由が認められても、受け取る側がその情報を自由に受け取ることが出来なければ無意味であるという考えに基づいている。
2.は民主主義の主権者は国民に委ねられているため、国政の最終決定権を有する国民が、その判断材料として情報が与えられなけれなければならないということだ。
つまりマスコミが盾にしている“国民の知る権利”とは、本来は民主国家が機能するために必要な判断材料としての情報源の提供と、それを受け取る自由だけなのである。
また情報提供を求める対象はあくまで国家(公人)である。
公人というものの定義はかなりあいまいだ。明文化された法令もない。“公職についているもの”というのが辞書的な意味であるが、公職とはつまり公務員ということになる。情報提供を求める対象が国家なのだから公人は公務員(その中には議員・官僚・検察官・裁判官・警察幹部)というのはわかる。
だがマスコミはこの定義のあいまいな公人というものを利用しその範囲を、文化人、芸能人、企業経営者など自ら拡大してきたのである。
まさに権利の捏造・歪曲他ならない。 |
|