「変性意識」の存在については疑問を挟む余地がないですが、あまり普遍性を持っていませんし、「変性意識」に可能性を期待するのは間違いだと思います。
「変性意識」の事例としては、アブラハムが砂漠と山岳地帯を旅している最中に神から啓示を受けたり、インドの修行者が厳しい修行によって体験したり、現代でも修験道者が山奥で一週間寝食を絶って変性意識状態を経験しています。
変わった事例としては、宇宙飛行士の多くが神の啓示を受けて宗教家に転身したり、一時新聞をにぎわした法の華の教祖は、事業に失敗してガス自殺を諮った時に変性意識状態になったそうです。
これらの事例全てに共通していることは、肉体的精神的に追い込まれた状態で生じているということです。九死に一生を得る状況下で、変性意識へと転換する回路が脳内にあるようです。
この回路はサルから人類に進化する過程で作られたものと考えられます。
ミッシングリンクと言われるように、人間になってから数百万年間は人類の化石がほとんど見つかっていません。これは、人類の数が極めて少なかった、つまり生き延びたのが奇跡に近いほど厳しい環境だったことを意味しています。
素手では犬にさえ勝てない人類は厳しい自然外圧を前に、ドーパミンを大量に分泌することによって意識を強力にプラス統合したのです。
プラス統合はあらゆるマイナス条件を捨象して、僅かな可能性に収束します。運を天に任せるように行動を起こし、その結果、ほとんどは死んでいき、偶然といっても良い確率でしか生き延びれませんでした。
この回路が変性意識であり、マイナスを捨象しない限り意識を正常に保てないぐらいの外圧下で形成された回路です。現代のように自然外圧を克服した時代でそれに頼ることは、可能性どころか危険です。
「変性意識が全てを解決してくれる」という期待を持っている人が多いですが、とんでもないことです。そこで得られた「答え」は当たるも八卦の世界でしかないのですから。
「変性意識」が時代遅れであることを一番はじめに看破したのは、苦行を否定した釈迦であり、2500年も前のことです。
現代の人類がなすべきことは、マイナスを捨象するのではなく、徹底的に現実に目を向けて、360度の可能性を追求することです。 |
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