もはや学校は終っている
126961 「いじめ、かっこわるい」ってホント?
 
すずかん ( 24 山形 設計 ) 06/07/29 AM11 【印刷用へ
昔、「いじめ、かっこわるい」ってコピーがあった。
現在もそれって成り立つのかな?


昔は腕っ節や権力の強い者が弱い者を不条理に「いじめ」ていた。
だから、堂々と親や先生がいじめる側を叱ることもできた。
「いじめ、かっこわるい」という言葉は確かにそのとおり。
いじめる側が圧倒的に悪い。

現在は、仲間共認を大切にする人が、
自我発行動・言動を繰り返す人を、「いじめ」る場合もある。
意識潮流は仲間第一なので、自我発行動を何度も繰り返して、
もう限界を迎えた時にはじめて「いじめ」の対象として認定される。
自我は共認社会を形成する上で邪魔なものだと考えると、
この「いじめ」は必要だと言える。
このケースにおいては、「いじめ、かっこいい」とも言える?
定義の逆転。


ここで問題が2点。

1つ目は、「いじめ」という言葉が持つ悪のイメージ。
自我に支配された仲間に変わって欲しいという期待発なのに、
当人はまるで悪いことをしているかのような錯覚に陥る。
「いじめ」というよりは「教育」、あるいは「共認形成」とでも言うべきか。

2つ目は未だに旧観念の産物である
「いじめ、かっこわるい」という考えが親や先生に根付いていること。
親も先生も、表層だけを捉えて「いじめはいけない」と一方的に非難する。
正しい行いをしている側が、非難の的になってしまう構造。

ただし、現在の「いじめ」がすべて期待発であるとはもちろん言えません。
いじめが起きている原因=事実をきちんと捉えることができれば、
どちらが正しいか、どうすれば良いかは直ちに明確になります。

 
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