私権社会の婚姻制
89190 夜這い婚の情景@
 
佐藤祥司 ( 42 建築士 ) 05/04/20 AM01 【印刷用へ
近年の夜這い婚のようすについて、興味深いサイトがあったので紹介します。(リンク
このサイトで紹介されている情景は、江戸の末期に生まれ、明治の初期に嫁に来て、明治の末近くまでご存命だった筆者の曾祖母にあたる人の覚書(古文書)を“解読”したもので、当時の“おおらかな性”の様子が克明に描かれています。長いですが、以下引用です。(分り易いように■印でサブタイトルをつけました。)


■若衆宿
その頃は、一人前と認められ、若者宿への参加が認められることが、子供の楽しみであった。十三、四、五歳から参加が認められ、結婚するまでの間、毎年農閑期の何ヶ月間か、そこで共同生活をしたものだ。中には、一年通して、つまり数年間、若者宿で過ごす者も、少なくなかった。彼らは、農繁期の強力な助っ人として、重要な存在であった。

 共同生活を通じて、親からの躾とは違う、共同体の一員としての ケジメ を先達から教えられる場であった。また、年に何ヶ月かの共同生活を、数年繰り返すことで、自然と仲間内の序列、派閥なども形成されていった。つまり、仕事のときの采配はだれだれ、遊びはだれだれ、交渉ごとのうまい奴、物資調達のうまい奴、情報通のものなど、互いに相手を知り合う機会でもあった。

■夜這い規範
夜這いといっても、誰もが好き勝手に、女の家へ忍び込んだわけではない。通常、相手の娘が、承知してくれた場合のみ、あるいはその娘が、自分の誘いに応じてくれたときのみ、夜這いに行けたものである。相手の望まない夜這いは、無理に忍び込み、ことに及ぼうとするとき、娘に騒がれて、親に捕まった時など、村のさらし者にされる恐れがあった。

 また、忍び込んだ娘の家で、あまり無茶をしないよう、夜這いの礼儀作法というものも教えられた。先達たちが、四方山話の一環として、面白おかしく話すこともあったが、実際は、ベテラン女性に、手取り足取り教えてもらったものである。

■性の指導
若者宿ではまず、新入りには忍び込みのテクニックを教える。そして筆下ろしのため、先輩が事前に了解を得て、ベテランの女性に、童貞の子への筆下ろしを頼んだものである。上農の場合には、元服の際、両親が相談し、親類縁者のなかから、これという女性を選びだして依頼し、文字通り手取り足取り、女性の体の 造り を教え、扱い方 の指導を任せたものである。

娘の場合も、赤飯を炊いて祝った夜、一族の年配者や、主家筋の、しかるべき長老の誰かに、水揚げというか、道を通してもらうのが慣わしであった。そうしておかないと、夜這いされたとき、戸惑うことになる。そして、母親や叔母さん、先に一人前になっていた近所の姉様たちが、具体的に心構えや、手練手管を伝授するなど、共同体の一員としての教育がなされてきたのである。

■性の喜び:活力源
当時は、男女とも、性の悦びを味わうことは、タブーではなかった。もちろん、公然たる不倫は咎められ、相手かまわず交合する者も嫌われた。しかし、農民においては、性とは、心行くまで自由に楽しむべきものであり、過酷な労働に耐える農民の、活力源でもあった。男は十数歳で元服し、女も初潮を迎えれば、ともに一人前として、大人の扱いを受けることになった。

 大人の扱いを受けるということは、一人前の労働力として期待されることでもあったが、同時に、自由意志で性を楽しむことを、認められることを意味した。自由とは、規律を守ることにより、自由を保障される。その規律を教えるのが、若者宿であり、赤飯の祝いの夜の儀式であった。当時は男も女も、互いに相手が複数の異性と、交渉を持っていたことを当然として、結婚したものである。

 結婚後も、一定の規範の元に、自由であった。不自由なのは、支配者階級である。なまじ、守り、引き継ぐべき、金や富を持っているため、子の血筋を重視するがために、女を家に閉じ込め、他の男との接触を不義として、禁じてきた。下これに倣うで、家臣も、町家の者も、女性の人権、自由度を制限し、現在に到っている。のではなかろうか。
 
 
 
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