農耕・牧畜・遊牧が最初に始まった西アジアの自然圧力の歴史的変化、つまり気候変動を押さえてみます。最初に農耕・牧畜が始まったのが、西アジアのレヴァント地方ですから、この地域を中心に長期的な気候変動を調べました。(レヴァント地方とは、シナイ半島から地中海東岸に面した地域。現在のイスラエル北部海岸・ヨルダン渓谷周辺の地方)
83853でも投稿しましたが、西アジアで雨を降らすのは冬場の寒帯前線であり、これが南北に移動することで、降雨量が増減する。レヴァント地方では、温暖化と降雨量の関係は、次のようになっている。
氷河期など寒冷で、冬場の寒帯前線がレヴァント地方より南下してしまうと、冬雨が降らず乾燥化する。ある程度温暖化すると、寒冷前線が北上して降雨域に入り、恵まれた気候条件になる。ところが、温暖化しすぎると、寒帯前線が北上しすぎて降雨域から外れ、乾燥し砂漠化する。ちなみに、温暖化がピークに達すると、南から熱帯収束帯が北上して、西アジアの南端部分で夏雨を降らす。
レヴァント地方を中心とした、最近2万年間の気候変動は以下の通り。
@2万〜1万5千年前 最終氷期の中でも最寒冷期(ビュルム・マクシマム期)。平均気温は現在より6〜7度低い。寒帯前線は冬はシナイ半島まで南下し、夏は(現在の冬の南下位置である)シリア方面にまでしか北上しなかったと想定される。レヴァント地方は乾燥。とりわけ、北部は極度の乾燥で人類の活動を示す遺跡は極小。イラク・イラン地方も同様。
A1万5千〜1万2千年前 最終氷期の終末期。平均気温は現在より4〜5度低かったと思われるが、寒帯前線は@のビュルム・マクシマム期よりやや北上。レヴァント地方はやや温暖化し降雨量もやや増。
B1万2千〜1万1千年前 後氷期に入り温暖化。それでも平均気温は現在より2〜3度低いと思われる。寒帯前線はA氷期終末期より北上し、レヴァント地方の降雨増加。植生が急回復し、レヴァント地方では、ここ2〜3万年間で植生がもっとも豊かであったのが、この後氷期初頭の段階。定住的な狩猟採集集落増加。
C1万1千〜1万3百年前 一時的な寒の戻り(ヤンガー・ドリアス期)。平均気温は現在より4〜5度低いと思われる。寒帯前線はBの後氷期より南下し、レヴァント地方は降雨減少(おそらく気温・降雨量ともAの氷期終末期と同レベルまで後退)。Bの時期に増加した定住的な狩猟採集集落に打撃。
D1万3百〜8千年前 Cの寒の戻りの反動で急速に再温暖化が始まる。寒帯前線がレヴァント地方に雨を降らせる位置に来て、降雨に恵まれた時期。気温・降雨量ともBに近いレベルまで復活したと思われる。この時期にレヴァント地方で、史上初めて農耕・牧畜が始まる。
E7千5百年〜5千年前 急速な温暖化が続き、最温暖期に。平均気温は現在より2〜3度高い。ところが、寒帯前線が北上しすぎて、レヴァント地方は降雨域から脱落し、急速に乾燥化。特に、レヴァント南部は打撃大で、乾燥化が激しく、遺跡数の減少・集落の小型化・遊牧的適応へのシフトなどの諸現象が広く認められる。レヴァント北部は南部よりましだったが、多少の影響あり。同時に、夏雨を降らす熱帯収束帯が北上し、レヴァント地方からみて東南に位置する内陸部に雨が降るようになリ、それまで砂漠だった地方がステップ化する。トランスヨルダン(ヨルダン川の東側)やメソポタミア南部がそれで、多数の遊牧民遺跡が出現。
F5千年前〜気温が下がり始め、現在に至る。寒帯前線が南下し、レヴァント南部は再びかろうじて降雨域に入る。同時に、熱帯収束帯が南下し、メソポタミア南部は、寒帯前線の冬の南下位置からも、また熱帯収束帯の夏の北上位置からもはずれた、降雨の空白域となり、再び乾燥化。今や、西アジアで最も乾燥した地域の一つとなる。
参考『ムギとヒツジの考古学』(同世社 藤井純夫著)
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