男たちは力の基盤を獲得しながら庇護の見通しをつかみとり(観念)、応合の性を再生し(共認)、性欲を生起(本能)してゆけるのか?
“力の基盤獲得”は女達の期待(=答えがほしい、その本質は安心できる社会をつくり生殖の場を守ってほしい)があってのものです。“応合の性の再生”も女達の性充足期待(=充たしてほしい)があってのものです。
答えはみんなが求めています。女は男の“力の基盤獲得”を応援するだけでなく、共に考え追求するという共闘仲間であり、闘いの中の安らぎを共にする親和(充足)仲間でもあります。そして親和(充足)仲間の深まりの先に、性充足期待に応合しあう和合充足の関係が生まれてくるのだと思います。
「すごい!」という応援、課題をめぐっての相談、互いの肯定視に裏打ちされた安心感、スキンシップ(親和充足)、そして性充足・・・。やはり観念(課題共認)を入口にし、期待と応合に貫かれた共認充足を深めてゆくことが大切です。
一方男はといえば、残存する性的自我などにとらわれず、女達の期待を受けとめ(そして期待し)共認充足の絆を太くしてゆくことに専心すればよいだけのことです。そうすれば自ずと自我の存在などチンケなものになってゆくはずです。
もし壁があるとすれば、頭に染み込んでいるセックス観を疑ってみる必要があります。“闘争勝利の証としてのセックス”“自我充足のための身勝手なセックス”はいうにおよばず、“セックス=互いの全てを受け入れ合う特別な関係”という捉え方も微妙です。日頃から心を開いた共認充足の関係があれば、セックスが特別な断層を孕むこともないはずです。(これは女性にも言えることかもしれません)
“男と女は充たし合うためにある”そして“セックスは心と心の交わり=心の目交い”である。とすれば、日常の期待・応合、充足の分かち合いが自然と性充足期待の交感へと深まってゆくのではないでしょうか。
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