代々木忠は、『プラトニック・アニマル』でチャネリングを体験するための、方法論をいくつか挙げています。
>まず第一には、現在のあるがままの自分を心から認めようとすることである。あなたやあなたの彼女には、自分の中に(ああなりたい)(こうなりたい)とか(こんなところを改善したい)という思いはないだろうか。このように思っている間は、まだまだ自分を認めたことにはならない。それは自分の中に否定すべき部分を持っているからである。相手の欠点とは実は自分の欠点なのだ。自分の悪いところを相手を通して見ているにすぎない。だから、自分の中に善悪の区分を持ってはならない。そもそもこれが善い、これが悪いなどという意識は自分が作っているものだ。自分を認められなければ、人を認めることなどできない。自分を愛せない人は、他人を愛することなどできないのである。
>第二としては、あなたや彼女の部屋に観葉植物などの緑があれば、まずそれとチャネリングしてみることをお勧めする。具体的にどうするのかと言えば、話しかけてやればいいのである。人間は言語でコミュニケーションをとっているのだから、言葉に出してやるのが一番いい。言葉を発する前に、あなたや彼女の思いは必ず緑に届くだろう。
>「今日は元気だったかい?」と言えば、その思いが伝わる。「いつもそこにいてくれて、オレは救われるんだよなぁ」とか、ちょっとしおれていたら「ごめん、ごめん。水やるの忘れてた。許してよなぁ。たっぷり水飲んで、いつもの元気な姿、またオレに見せてよ」と話しかけてやることによって、植物と友達になることができる。
>植物はなにも語り返してはこない。しかし、それは決して一方通行のコミュニケーションではない。義務としてではなく本当に友達になりたいと思って、毎日話しかけてやれば、植物がその思いに応えようとしている姿を必ず確認できるはずである。これは植物に限らない。犬や猫がいれば、彼らと友達になってみることである。制度の世界に暮らしていない者たちと友達になることによって、あなたや彼女も知らないうちに自然体の自分に変っていくことができる。
>第三としては、毎日瞑想することである。(中略)これら三つの方法を一つでも実践し、心の状態を自由にしてやることができれば、SEXにおいてチャネリングは必ず起こる。チャネリングは、二人の気持ちが融合することによって、結果としてお互いをオーガズムに導き、失神させるための確実な方法と言えるのである。(瞑想の方法論については、77071)
ここで注目すべきは、チャネリングが、人間同士だけでなく、自然対象とも可能である、ということです。代々木忠は次のようにも述べています。
>これまでにもエゴを崩壊させる方法をいくつか提案してきたが、ここでは、外側文化にどっぷりつかってしまった私たちが、その対極にある自然の力を借りてオーガズムを体験する方法を考えてみたい。
>私がサイパンでビーチに座っていると、波が打ち寄せて足元まで来る。最初は逃げている。潮が満ちてくると、また逃げる。ところがビーチにしばらくいると、だんだん波が気にならなくなる。洗われていても気にならない。でも波はそこにある。洗われているという意識のほうがなくなってしまうのだ。
>人間の体液は海水に由来するものといわれるが、マイクロビーチに寝そべって、私は海水と同化するための冥想をする。すると、信じられないと思われるだろうが、青空に星が出る。何年か前に初めて体験したのだが、水の中に浮かんでいるという意識があるかぎり、この現象は起きない。自分が完全に同化しているという意識さえなくなったときに、満天の星を感じる。(えーっ、なんだこれは!)と自分の中でパニック状態に陥り、意識して見ようとした瞬間、そこにはまぶしい空があるだけであった。見ようとして見られるものではなく、結果として起きるのだ。しかし、たしかにその瞬間、私は無の状態になっていたのではないかと思う。(中略)自然の中に身を置き、そのエネルギーを体じゅうに浴びているとき、私はやはり自然に同化しているのだ。そしてそれこそは、SEXでオーガズムを得るために最も適した心身の状態なのである。
るいネットにも、自然対象との交歓について紹介している投稿があります。
>これはシャーマニズムの極意でもありますね。例えば目の前にある木をじっと見つめながら、「この木が自分に何か語りかけようとしている」と思いながら待っていると、何かが伝わってきます。それは言葉にはならないかもしれないけど、メッセージには違いありません。木には自我などというものはないので、木の声を聞くにはこちらも自我を一時的に忘れる必要があります。逆に、自我をゆるめたいときは受容的な気持ちで木や岩や空や月に対して、彼らからのメッセージを待つのがいいです。(9639『物言わぬ植物達の「声を聞く」』)
>相手に耳を傾ける、という姿勢をとることは、木々を相手にしているときの方が簡単です。人間相手だと自我がすぐ頭をもたげてきて、順位、勝ち負け、支配・非支配といった修羅の世界にひきこまれがちです。まず木々を相手に練習して、その感覚を徐々に人間に対しても開いていければ、というのが私の基本的なアプローチです。(9737『作物や樹々との共認関係』)
以上のことから、チャネリングは、人間同士だけでなく、自然対象や宇宙とも可能である。実現論1_6_02にあるように、元来は同類を対象とする共認機能(チャネリング回路)を自然に対して作動させ、自然との期待・応望=共認を試みたものと考えられます。ということは、観念原回路とはチャネリング回路であると言っても過言ではないと思います。自然対象の背後に観た精霊とのチャネリング、これが観念原回路ではないでしょうか。
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