前回の投稿で、女と男が見る世界の「彩り」の本質的な違いに対する肯定感、(男から見た場合の)「女」という全体的存在そのものに対する肯定感(感謝の気持ちのようなもの)が大切であるということを述べましたが、これについてもう少し考えてみました。
例えば、メキシコ先住民のヤキ族では、「子宮の主な機能はドリーミングと智慧を保存することである。出産は第2の機能である。」と伝えられるそうです。
(ドリーミングとは、天地創造や生命活動を引き起こすエネルギーのことのようです。)
<参考:リンク>
これはスピリチュアルな領域に属する言い伝えであるわけですが、ドライな社会学的考察や生物学的還元論を超越した、女の役割をめぐる人類の営みの歴史を垣間見るように思われます。端的にいって、女が性の回路を通じて宇宙や生命と繋がっていることに対する敬意です。
また、性や女の霊力を深いまなざしで捉え、敬う土壌は、沖縄をはじめとする日本にも脈々と流れているものと思われます。(ここではシャーマン(巫女)がほとんど女性であったことを想起しています。)
この会議室においても、「男の役割」「女の役割」について様々な方が意見を述べられていますが、正直に申しますと、その多くについて私は少々「乾いた」印象を受けています。
役割を論じる際に、生物学的に「出産」が女性の領域に属することは、皆当然のこととして前提としていますが、その先で意見が分かれることが多いように見受けます。
ひとつは、出産は出産、仕事は仕事というふうに区別して考える立場、あるいは、個人的な自己実現の名の元に両者を比較選択できると考えている立場。もうひとつは、女の特質はすべて出産・育児から派生し、全てここに集約されるという母性神話をとる立場。
いずれにしても「性」というものを極めて狭い「乾いた」領域でしか捉えられていないように感じられます。
女は女であること自体で存在意義があり、そこに愛や婚姻があろうとなかろうと関係ない、ということにもっと自信を持ってよいように思われます。
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