女にとっての一番の誉め言葉、それが「美しい人」。道を歩いていてどんな男をも振り返らせるいい女は大勢いる。
しかし男が心から求める、内なる美しさを放つ女性は殆どいないのではないだろうか。数少ない美しい女性の一人、私の祖母について話そうと思う。
祖母はとても質素で堅実で物静かな女だった。朝から晩まで家事と育児に追われ、一人で五人の子どもを育て上げたという。一方祖父は一切の家事・育児には手を出さず、寺の住職として家庭を守った。しかし祖父は異常なまでの関白主義者で祖母はいつも祖父に歯向かう事無くひっそりと泣いていたそうだ。祖父は生まれて一度も米を研いだ事が無く、祖母をいつも泣かせ、愛情の欠片も無かったそうだ。子ども達(私の母兄弟)は祖父に憎しみを抱いた事もあったそうだ。
時が過ぎ、子ども達が祖父母の手を離れても祖母は気難しい祖父に何一つ不満を漏らす事無く尽くしたそうだ。それは私が小学四年生の頃まで変わる事は無かった。しかし、ある日祖母が倒れて病院に運ばれた。その時診断された病気がアルツハイマーだった。初期症状は軽かったが日々進行し、私が中学生の時には、すでに私という存在を忘れてしまっていた。
その頃から祖母は常に祖父の姿を探し、見えなくなると家中を、外へまでも探し回った。だから祖父は祖母の手をずっと引いて歩いた。昔は祖父の後ろを歩き、手もつないだ事の無い祖母の手を、しっかりつないで歩いた・・・。そして米すら炊けなかった祖父は、祖母のために料理を作るようになった。
そして二年前、大雨の日だった。祖母は幸せそうな顔をして祖父の腕の中で亡くなった。十年という長い時間、アルツハイマーと戦い、そして誰の事も忘れてしまった祖母。でも最後まで祖父を忘れる事は無かった。祖父は決して泣かなかった。祖母の死をいとしそうに見つめて言った。
「ばあさんは良く出来た妻じゃったけえ・・・」
私は男女の役割を祖父母を通して見た。あまりに理想的で男女異権論の筋の通った事実を目の当たりにした気分だった。
祖母が元気だった頃、辛い事ばかりだったかもしれない。でも、祖母は祖父を愛していたからこそどんな事でも乗り越え、そして最後まで祖父を忘れなかったのだと思う。祖父も日に日に赤ん坊のようになっていく祖母から目を背く事は無かった。
祖母が他界してからも、祖母の話をする時は、まるで祖母が側に居るかのように、祖父は愛しい目をしていた。私はその時、祖父の祖母への大きな愛を感じたのだ。
自らの命が絶えて尚、夫を愛し、夫を尽くし、そして夫から愛される・・・。これが理想的な「美しい人」ではないだろうか。
私にこんな理想的な女の役割を果たす事が出来るだろうか?正直に言って難しいだろう。何故なら私は完璧なまでに人を愛し、愛される自信が無いからだ。でも、祖母が私に愛をもらうよりも、与える事の素晴らしさを教えてくれた。
祖母は私の目標の人である。今は手が届かなくとも、これからの人生の階段を一歩ずつ、確実に昇って行きたい。
そしていつか、心から人を愛したい。 |
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