最新の流れからするとオフ気味ですが、前回触れた塞の神がらみで、兄妹婚について少し・・・。
(リンク )「塞の神における兄妹相姦についての記号論的考察」を参照しながらまとめてみます。
塞の神の男女が兄妹にして夫婦であるとされるのは、塞の神の神話的根拠であるイザナギ・イザナミが兄妹にして夫婦であるためだと言われています。ギリシャ神話をはじめ、世界の創世神話を見ても兄妹婚は珍しくありません。 ただし、それらが古代の社会風俗を直接反映しているとは考えられていません。
そこで民話に目を向けると、たとえばフィンランドの民族叙事詩「カレワラ」では、クツレルボが野原で美しい乙女と出会い、その娘と交わるが、身元を尋ねた時、彼女が行方知れずになっていた実の妹であることを知り、妹は滝に身を投げ、彼もやがて自殺します。この他千夜一夜物語の第11・12話や、朝鮮民話など、兄妹相姦の物語は普遍的ではありますが、たいていは強烈な罪の意識を伴い、当事者の異常な死で終わる暗い物語になっているのです。
ところが、兄妹相姦が民俗的に必ずしもタブーではない、東南アジアから我が国に及ぶ範囲では、兄妹相姦の物語が、あっけらかんとした明るさをもって語り継がれているのです。塞の神にからめて兄妹相姦を語っている伝承が、群馬県勢多郡粕川村月田、栃木県上都賀郡栗野町上粕尾・下粕尾 、岐阜県吉城郡宮川村中沢上 などに伝えられています。
また、宇治拾遺物語、今昔物語に、いずれも同じ内容で、土佐の妹背島の始祖物語として兄妹婚の話が記載されています。兄妹婚、兄妹始祖伝説は奄美・沖縄・宮古・八重山などの南西諸島でも数多く伝えられていて、大島健彦氏の「始祖に関する近親相姦の伝承一覧」によると、南西諸島における45の事例のうち、兄妹婚が34例もあったそうで、単に男女または夫婦と伝えられている9例も、兄弟の可能性を否定できないとか。
例)八重山諸島鳩間島・・・鳩間島を大津波が襲い、兄妹だけが島の高い所へ逃げて助かる。やがて津波が引き二人は里へ降りていったが、急坂で先を行く妹が石につまずいて倒れ、後を行く兄も倒れた妹につまずいて妹の上に倒れて結ばれた。妹は兄の子を生み、更に子孫が栄えた。
東南アジアでの事例としては、 フィリピンのルソン島のギャンガン地方のイフガオ族の神話、 中国南西部少数民族ミャオ族・ヤオ族などの民話などがあげられます。
(例)スラウェシのバランテ半島の神話・・・原初の海水に覆われていた地上に、天神は舟型の箱にトプルとラボロリングの兄妹を裸のまま入れて天から降ろす。箱には雄鶏と雌鶏も入れられていた。やがて海水が引いて陸地が出来た時、兄妹は箱から出て、鶏が交わる様子を見て性交のことを知り、自分たちも交わって人間の始祖となった。
このように東南アジア地域でだけ、兄妹婚は肯定的に語られています。この「兄妹相姦肯定文化圏」は、東南アジア全般、中国西南部、沖縄・奄美の西南諸島を経て、我が国の本州にまで広がっており、中尾佐助が提唱した照葉樹林文化圏と重なっているのが興味深いところです。
このような伝統を引き継いで、日本では、よく知られているように、「いもせ」という語が(1)兄と妹、あるいは姉と弟、(2)夫婦の2つの意味を持っています。古代史においても兄妹婚はざらであり、特に異母兄妹の結婚は枚挙にいとまがないようです。神事の祝詞の中に、母子相姦、父娘相姦は大罪と明記されている時代になっても、異母兄妹はおろか、同母兄妹間の結婚さえ禁忌として触れられてはいないほどです。
「日本人は長い間、採集部族として総偶婚(それも、最も原始的な兄妹総偶婚)を続け、・・・」(実現論)を間接的に支持する例として紹介してみました。 |
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